習近平政権の「民主化なき12年」を追った連載最終回、「歴史に逆行する中国」に日本がなすべきこと中国の習近平国家主席 Photo:Pool/gettyimages

習近平政権始動から12年
民主化せず「我が道」を突き進む中国

 中国民主化研究とは、中国共産党研究である。

 習近平政権が本格始動した直後、2013年4月に開始した本連載は、この方程式を前提に、筆を進めてきた。副題には「揺れる巨人は何処へ」とした。

 今回、最終回を執筆するにあたり、少し長くなってしまうが、当初、この連載がどのようなテーマを、どういうスタンスに立ち、どう扱っていくのかという主旨と方法を記したのか、初心に帰る意味も込めて、以下引用してみたい。

21世紀最大の“謎”ともいえる中国の台頭。そして、そこに内包される民主化とは――。本連載では、私たちが陥りがちな中国の民主化に対して抱く“希望的観測”や“制度的優越感”を可能な限り排除し、「そもそも中国が民主化するとはどういうことなのか?」という根本的難題、あるいは定義の部分に向き合うために、不可欠だと思われるパズルのピースを提示していく。また、中国・中国人が“いま”から“これから”へと自らを運営していくうえで向き合わざるを得ないであろうリスク、克服しなければならないであろう課題、乗り越えなければならないであろう歴史観などを検証していく。さらに、最近本格的に発足した習近平・李克強政権の行方や、中国共産党の在り方そのものにも光を当てていく。なお、本連載は中国が民主化することを前提に進められるものでもなければ、民主化へ向けたロードマップを具体的に提示するものではない。

 本連載を始めて、すなわち、習近平政権が本格始動して12年以上が経過したが、300に渡った回を重ねた上で、いま思うことは、「中国民主化研究とは、中国共産党研究である」という命題は、確かにそうだった、ということである。そして、「揺れる巨人は何処へ」という副題に関しても、私たちは常に共産党が領導する中国を「揺れる巨人」と見なし、その巨体が「何処へ」向かうのか、という視点を持ち続け、見つめ続ける必要がある、ということである。

 この期間の検証作業を経て、はっきり言えることが3つある。

 1つ目は、中国は民主化しなかったということ。

 2つ目が、中国が12年前以上に、それとは異なる次元で、「我が道」を進んでいたということ。

 3つ目が、そんな中国を前に、「中国は民主化すべきだ」という非現実的な主張も、「中国はいずれ民主化する」という希望的な幻想も、私たちは安易に抱くべきではないということ。