一般的にエスカレーションは、危機や特定の戦闘局面において劣勢に立たされている側が「状況を次の段階にエスカレートさせれば、前線での戦闘やその後の交渉でより有利な立場を得ることができる」と考えた場合に生じる。

 この点、欧州と朝鮮半島における通常戦力バランスは、米・NATOおよび米韓同盟側に優位に傾いているため、原則として核エスカレーションを仕掛けようとする誘因が生じやすいのはロシア・北朝鮮側である。

 ただし、そう言い切れるのは、米国がその通常戦力を欧州ないし朝鮮半島での作戦に集中させられる場合に限られる。仮に、米国が台湾や中東における武力衝突への同時対処を余儀なくされるような事態が生じれば、欧州や朝鮮半島における米国側の通常戦力優位はより不確実になることも考えられよう。

 中国対処を念頭に置く場合、問題はより深刻である。

 2024年版の国防戦略委員会報告が、「中国は多くの点で米国を凌駕しており、20年間にわたる集中的な軍事力への投資によって、西太平洋における米国の軍事的優位性をほぼ否定してきた」と指摘しているように、いまや西太平洋における米国の通常戦力優位は失われつつあり、仮にその戦力を中国対処に集中する意思があったとしても、紛争の初期段階では米国側が海上・航空優勢を確保できない可能性が十分にある。

 この場合、先に限定核使用を検討せざるを得なくなるのは、中国ではなく、むしろ我々の側かもしれないのである。

中国共産党は大日本帝国と
同じ道をたどりかねない

 これらの諸点に留意しつつ、以下では将来日米が直面しうる危機のなかで、エスカレーション管理上最も困難な問題が生じるであろう台湾有事に焦点を当て、米中双方にいかなる形で限定核使用の誘因が生じる可能性があるのかを考えていく。

 米国とNATOがウクライナ戦争に直接介入するといった展開がない限り、台湾有事は、史上初めて2つの核大国が高烈度の戦闘を経験する可能性が最も高い紛争である。

 もちろん、台湾有事のあり方には、台湾周辺の封鎖から限定的なミサイル攻撃、そして大規模着上陸侵攻に至るまでさまざまなシナリオが考えられる。