周りが動きやすいよう、流れを止めない
羽生:ピンチや大変なときにこそ湧き上がるものがあるのでしょうか?
桜井:ありますね。火事場の馬鹿力と言うか。負のエネルギーもありますが、リスクやピンチを感じたほうが、私は力を発揮できます。
羽生:「もう駄目かもしれない」とは思わないのでしょうか?
桜井:全然思いませんね。それに結局、負けは必ず起こるものと分かっていますから。だから負けも大切に考えることです。みんな勝ち方は考えるのですが、勝ち方よりも負け方のほうが絶対に大切です。
そうすると自分の反省点も分かるし、相手の負けた原因も分かる。勝ち方ばかり追求すると、それが見えなくなってしまう。なぜ負けるかのほうが、よく分かるのです。
いろんなことができないからこそ、学ぶ。負けから学ぶのです。負け方が格好いいヤツが、一番いいのではないでしょうか。
羽生:ふだんゴルフはあまり見ないのですが、以前、トム・ワトソンがすごく活躍したときがあって、思わず見入ってしまいました。当時ワトソンは、60歳近いゴルファーでした。毎ホール毎ホールピンチなのですが、そういうピンチに限ってスーパーショットを打つのです。
結局、最後の最後にプレーオフで負けて、2位になってしまったのですが、「やっぱりこの人が勝者だな」と、ギャラリー全員が拍手をしていました。
みんなワトソンに優勝して欲しかったのですが、それでも「やっぱりこの人が勝ったのだ」という感じでした。ワトソンがあまりに素晴らしかったので、誰が優勝したのかは忘れてしまいました(59歳で迎えた2009年の全英オープンで、初日から神がかり的なプレーを連発して優勝目前に迫り、惜しくもプレーオフでスチュワート・シンクに惜敗したものの、ワトソン健在をアピールするとともに世界中のゴルフファンに勇気と感動を与えた)。
桜井:それは私も見たかもしれません。とても格好いいですよね。
ところで、アメリカの大リーガーで、かなりの成績を残した投手が引退のときに残した言葉が、「打たせようとしてやってきた」というのを聞いて、「これだよ!」と思いました。300勝とか400勝したピッチャーですよ。ふつうは「打たせまい」とする。でも「打たせよう」として記録を残すのがすごい。
それと同じで、我々が相手の欲しい牌を鳴かせてあげるのは、手がどんどん伸びていくからです。それをみんなせき止めてしまう。和了らせまいとして、鳴かせないのは狭いですね。だからどんどんどんどん、汚い麻雀になる。
上家(かみちゃ=麻雀では、自分の左側のプレイヤーを上家、右側のプレイヤーを下家〈しもちゃ〉、そして正面のプレイヤーを対面〈といめん〉と呼ぶ)の意味はすごく大事です。この人は次の人が働けるようにしてあげる。次の人は、次の次の人が打ちやすいようにしてあげる。それをずっとやっていくと、だんだんいい麻雀になっていく。
だって、川上は、川の流れの中でも一番きれいなはずじゃないですか。川は下に行くほど汚いでしょう。だから上の流れを良くしてあげないと、下の人が打ちにくい。下が楽になるように、楽になるように打つ。それが回り回って、自分に返ってくるんです。それがちょっとずるい人だと、鳴かせない。牌を止めてしまう。だから自分も止まってしまう。自分の首を絞めているのです。
羽生:そんな風に、卓上に風をどんどん吹かせるわけですか?
桜井:動きやすいようにしてあげることです。ふつうは周りが動きにくい牌を切りますが、下が動きやすい牌を切る。そうすると卓が活性化します。
羽生さんも将棋を指していて、そういう感覚はないですか? 駒を止めてしまうと、勝負のレベルが下がってしまう。逆に活性化していると、何か緊迫感があるというか、全部の駒が活きてくるときがないですか?
羽生:駒を止めるのが良くないのは、よく分かります。相手の人を活性化させることで自分に返ってくる。しかも何倍にもなって返ってくる、というのも非常によく分かります。
桜井:そうなんですね。でも、さらに言えば、将棋や囲碁の場合、相手と自分が交互に指すから、一方向でのやりとりをしている感覚だけど、麻雀はぐるっと回る。だからそういうことができるのかなと思っています。回るのがいい。ぐるっと回るからこそ、おかしなことをすれば、天に向かって吐いたツバが、自分にかかるようなものなのでしょう。