橘木さんと八木さんは、日本における学校歴と所得の関係について検証し、その結果、上位大学には所得向上効果がみられるものの、偏差値59以下の学校歴では平均所得に差がないことを明らかにしました。
所得向上効果があったのは
難易度上位15%の大学だけ
なお、所得向上効果が確認された偏差値60以上の大学というのは、およそ難易度上位15%の大学にあたります(橘木俊詔・八木匡「教育と格差 学歴形成と所得格差」『経済セミナー』637、92-97頁、2008年)。
この上位大学に限って確認される所得向上効果を、大学での学びとは関係がないものとして理解することも可能です。
その際に参照されるのが、2001年にノーベル経済学賞を受賞したM.スペンスが提唱した「シグナリング理論」と呼ばれる理論です。少し専門的ではありますが、説明すると次のような内容になります。
シグナリング理論を理解する際に重要な観点は2つあります。第1の観点は「情報の非対称性」という捉え方であり、第2の観点は「生産能力と大学教育を受けるための費用との関係性」に関する見方です。
まず、職を求める学生側は自分の生産能力を知っている一方、雇用を判断する企業側は学生の生産能力がよくわからない(第1の観点)。そのため、学生側は自分の生産能力が高いことを示すシグナルを必要とします。
このシグナルとして用いられるのが「学校歴」です。上位大学に進学するためには、それなりのコスト(勉強時間や塾・予備校の費用など)がかかりますが、能力が低く多大なコストをかけないと上位大学に合格できない場合、そのコストゆえに進学を断念することになるでしょう。
逆に、上位大学に進学できた人は、それほどコストをかけずに入試を突破する能力があることが証明されたことになります(第2の観点)。
学校歴にはこのような能力の証明機能があり、だから上位大学出身者は就職ならびにその後のキャリアで有利になるーこのようなロジックです。