「え、それ何ですか?」時代劇が地上波から消えて生まれた“文化の空白地帯”
歴史小説の主人公は、過去の歴史を案内してくれる水先案内人のようなもの。面白い・好きな案内人を見つけられれば、歴史の世界にどっぷりつかり、そこから人生に必要なさまざまなものを吸収できる。水先案内人が魅力的かどうかは、歴史小説家の腕次第。つまり、自分にあった作家の作品を読むことが、歴史から教養を身につける最良の手段といえる。第166回直木賞をはじめ数々の賞を受賞してきた歴史小説家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語る。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、歴史小説マニアの視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】印籠も忠臣蔵も知らない若者たちの“斜め上すぎる回答”とは?Photo: Adobe Stock

時代劇がテレビから消えた理由とは?

今のテレビは、時代劇を放送することがめっきり少なくなりました。その背景には、テレビが従来の世帯視聴率ではなく個人視聴率、特に13~49歳の男女の個人視聴率である「コア視聴率」を重視していることがあります。

時代劇を放映すれば、今でもある程度の個人視聴率を見込めるのでしょうが、それはテレビ局やスポンサーが求めている数字ではありません。

時代劇が好きそうな60代以降の世代の消費行動は将来的に先細る一方。それなら、若者をターゲットにした番組を作ったほうがいいと判断しているわけです。

人の好みは年齢とともに変わる

私は、この理屈に対して少々懐疑的な見方をしています。

たとえば、子どもの頃の私は、テレビで演歌が流れてくると「演歌なんて何がええねん」と思っていました。でも39歳の今、演歌を聴くと、不思議なことに「悪くないな」と感じます。

恐らく、今後40代、50代と年齢を重ねていくにつれ、もっと演歌の魅力がわかってくるのではないかと予感しています。

若者もいずれ時代劇にハマる?

その考えでいけば、今の20代、30代も年齢を重ねたら時代劇の魅力に気づき、テレビの時代劇を楽しめるようになるはず。

実際に、私の本を読んで「今まで歴史小説は敬遠していたけど、好きになりました」と言ってくれる人もいるわけですから、新たに時代劇に目覚める人も少なくないと思うのです。

地上波で姿を消した時代劇の定番

とはいえ、地上波でレギュラー放送している時代劇はNHKの大河ドラマだけ。『水戸黄門』が地上波のゴールデンタイムから姿を消してから、もう10年以上の時間が経過しています。

かつては小学生の子どもに印籠を見せたら「テレビの水戸黄門で最後に出てくる、あれ」とわかってもらえたのが、今ではきっと何のことやら意味不明です。

現代の子どもにとって「印籠」は謎の道具?

「水戸黄門が印籠を見せても、1人もひれ伏そうとしなかった」という話を書いて、今の子どもに読ませたとしたら「そりゃそうでしょ」となるに違いありません。

というより、そもそも印籠とは何か、印籠がどんな形をしているのかすら、想像できないと思います。

ちなみに印籠は、薬などを携帯するための小さな容器だということをご存じでしょうか? きっと知らなかった人も多いことでしょう。

忠臣蔵が年末の風物詩だった時代

時代劇といえば、その昔は年末に「忠臣蔵」のスペシャルドラマがテレビで放送されることがありました。

子どもでも、何となく忠臣蔵のストーリーや赤穂浪士の姿を理解していたわけです。

渋谷で忠臣蔵クイズを出したら?

今、若者が集まる東京・渋谷の雑踏で、赤穂浪士のドラマの一場面を見せ、「この人たちは誰でしょう?」「今から何をしにいくのでしょうか?」というクイズを出したら、どういう反応を得られるでしょうか。

きっと、まるで見当違いの答えが返ってくると思います。1人か2人くらいが、「新撰組のコスプレをしてる!」と答えそうな気もします。

歴史を知らない世代の増加は当然?

元を正せば新撰組が赤穂浪士を真似て隊服を作ったわけですが、今は漫画作品などで新撰組のほうが知られているので、そんな逆転現象が起こりそうです。

そう考えると、歴史小説の読者が減るのも無理はないのかもしれません。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。