誤解②:「業務に向いていないから伸びない」

 2つ目の誤解は、「この業務に向いてないんだろう」「あいつは素質がない」という諦め。

 たしかに、部下の性格や能力には個人差があります。でも、それを「定義づけ」してしまった瞬間に、育成の可能性は止まってしまいます

 ある女性マネジャーは、以前「口数が少なく反応も薄い」部下に対して、「やる気がないのでは」と感じていたそうです。しかし1on1を重ねるうちに、実は慎重で準備型の性格であり、「完璧に準備してから発言したい」という信念があるということに気づきました。その後、事前に資料や議題を渡すなど関わり方を変えると、部下は堂々と意見を言うようになったそうです。

 この例から言えるのは、部下に資質がないのではなく、「仕事や周囲との適切な関わり方がまだ見つかっていない」ということです。

誤解③:「育成は余裕のあるときにやるもの」

 多忙な現場では、「今は目の前の仕事をこなすことで精一杯」という声も少なくありません。でも、育成を後回しにすると、「教えなくても動ける人材」はいつまでたっても生まれません

 育成は「余裕があるときにやること」ではなく、「余裕を生むためにやること」だと私は考えています。

 たとえば、あるマネジャーはこう言っていました。

「最初は丁寧な1on1なんて時間の無駄だと思っていた。でも、話す頻度を増やしていくうちに、部下の判断の精度が上がって、報連相(ほう・れん・そう)の質も変わってきた。むしろ手がかからなくなった」

 短期的には手間に見える育成も、長期的には「自走できる部下」という資産をつくることになります。育成は投資であって、コストではありません

「厳しさ」と「優しさ」のバランスを間違えない

 部下の育成に悩むマネジャーの中には、「優しくしすぎるのもよくない」「もっと厳しくすべきだ」と感じている人もいるでしょう。しかし、ここで大事なのは、「厳しさ(=威圧)」ではなく、「期待を伝えること」だという視点です。

 信頼関係のある上司からの期待は、部下にとってプレッシャーではなく、エールになります

 そのための土台として、日常的な対話が必要です。1on1という「対話の習慣」がある職場では、厳しいことも言いやすくなるし、受け止められやすくなります。

 もし「部下が育たない」と感じているなら、それは部下個人の問題ではなく、「関係性の構造」の問題かもしれません。

 マネジメントとは、「指示」ではなく「関係性をつくること」

 そして、育成とは、「答えを与えること」ではなく、「問いと信頼の余白をつくること」です。

(本記事は、『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』に関連した書下ろし記事です)

永田正樹(ながた・まさき)
ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教/立教大学経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師/ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問
1962年生まれ。1990年ダイヤモンド社入社。2005年同社人材開発事業部部長。2015年ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役兼任。2021年北海道大学大学院経済学院現代経済経営専攻・博士課程修了。2022年より現職。博士(経営学)。専門は人的資源管理。日本労務学会賞(研究奨励賞)受賞。主な論文に「部下育成のためのリフレクション支援:成功事例失敗事例の質的分析」(『人材育成研究』第16巻1号)、「リフレクションを中心とした経験学習支援:マネジャーによる部下育成行動の質的分析」(『日本労務学会誌』第21巻6号)ほか。著書に