たとえば、がん抑制遺伝子(編集部注/がんの発生を抑制する機能を持つタンパク質をコードする遺伝子。例えば、細胞周期のチェックポイント制御に関わる遺伝子やDNA修復に関わる遺伝子など)には父親由来のものと母親由来のものがそれぞれ1個ずつあり、私たちのゲノム中には、合計で2個のがん抑制遺伝子が存在します。仮に父親由来のがん抑制遺伝子に変異(1ヒット)が起こったとしても、もう片方の母親由来のがん抑制遺伝子が機能すれば、がんは発症しません。
しかし運悪く残りの母親由来のがん抑制遺伝子にも変異が起こると(2ヒット)、がんが発症するのです。
つまりがんが発症するためには、父親由来のゲノムと母親由来のゲノム上にあるがん抑制遺伝子に2度変異が起こらなければなりません(2ヒット説と呼ばれます(注5))(図20.3上)。
言い換えると、同じがん抑制遺伝子に2度も変異が起きる必要があるため、がんはおのずと高齢で発症するのです。
ただときには、2個あるがん抑制遺伝子のうち片側にすでに変異がある状態で生まれてくる場合があります。
たとえば、遺伝性乳がん卵巣がん(hereditary breast and ovarian cancer,HBOC)症候群では、がん抑制遺伝子であるBRCA遺伝子の2個のうち片側に変異がある状態で生まれてきます(図20.3下)。
ここに先ほど述べた環境的な要因が加わると、乳がんになりやすく 、若い年齢(しばしば50歳以前)で乳がんを発症する場合があります。
ここで注意しなければいけないのは、BRCA遺伝子に変異がある人が必ずがんを発症するというわけでないということです。
つまり、がんになりやすいという遺伝子の変異が遺伝するのです。
(注5) Knudson, A. G. Proceedings of National Academy of Science USA, 68:820-823, 1971.