「見たまま、そのまま描け!」
原作者自身が脚本を書き、美術や方言の指導まで

 漫画のコメディー色は映画にも受け継がれているが、なにより美大の教室や実技指導、教官による作品評価の場面が良い。東村アキコ自身が脚本を書き、美術や方言の指導まで行なっているので、教室の様子や画材、部屋の汚れ具合までリアルに再現されていると思う。

漫画家の東村アキコ漫画家の東村アキコ Photo:JIJI

 グスタフ・マーラーに歌曲集「さすらう若人の歌」という名作がある。ドイツ語で“Lieder eines fahrenden Gesellen”という。Gessele(ゲセレ)は「若人」ではなく、マイスター(親方)を目指すベテラン職人のことだから、正確な意味は「さすらう若人の歌」ではなく、「マイスター(親方)を目指して諸国を遍歴する職人の歌」、ということになる。このマーラーの作品も自己形成過程の詩と音楽である。

 東村アキコの自己形成のfahren(遍歴)は続く。大学生活で全く描けなくなっていたのだが、単位取得のための課題の提出を教官から指示される。夏休みに実家へ戻ると日高先生が現れ、「描けーっ!」と頭を押さえつける。大きな鏡を用意させると自画像を3作描けという。「見たまま、そのまま描け!」と言われた東村アキコは少しずつ、しかし確実に描き始める。

「見たまま描け、何も考えずにそのまま描け!」は、いい言葉だ。行為の意味を考えても進まないことは大いにあるのだ。