破壊と創造を繰り返し、時代の最先端を突き進むイーロン・マスク。その冷酷さはたびたび批判の的となるが、彼にしか見えない地平がある。イーロン・マスクによるツイッター買収の全貌を描いた『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ベン・メズリック著、井口耕二訳)では、マスクとツイッター社の壮絶な攻防と理想の衝突が、克明かつ臨場感たっぷりに描かれている。「生々しくて面白い」「想像以上にエグい」「一気に読んだ」などの絶賛の声も多い。一橋大学特任教授の楠木建氏は、本書を「イーロン・マスクの本質を見事に浮かび上がらせている」と評する。本稿ではその内容をふまえ、楠木教授に「イーロン・マスクとはどんな人物か」をテーマに寄稿いただいた。(全5回のうち第3回)(構成/ダイヤモンド社・林えり)

冷酷であるがゆえに、「世の中に必要な人」
『Breaking Twitter』が描くように、イーロン・マスクが冷酷な人であることは間違いない。
ただし、こういう人が世の中に必要なのもまた事実。彼しかできないようなことがあり、それを成し遂げる才能が確かにある。
その最たるものが「前提を覆す視点と能力」だ。
状況を基本の基本まで検討し、思い込みを否定し、破壊する。
たとえば、マスクがスペースXを始めたころのこと。
彼は「ばかやろう指数」というものを考案している。
すなわち、完成品の価格/材料の比率だ。ロケットを構成する部品はばかやろう指数が高い分野で、50倍になることもざらだった。
「ばかやろう指数」と異常なまでの「内製志向」
そこでマスクはスペースXのロケットづくりを極力外部のサプライヤーに依存せず、できる限り内製化しようとする。
上段エンジンのノズルを制御するアクチュエーターは、1基12万ドルもした。
しかし、マスクは「5000ドルでつくることができる」と考える。
実際に洗車機で液体の混合に使われているバルブを改造すればロケットにも使えることが判明し、大幅にコストを下げることに成功した。
「マシンをつくるマシン」にフォーカスしたテスラ
スティーブ・ジョブズも「前提を疑う」という意味では似たタイプだった。しかし、ジョブズは製品とソフトウェアさえきっちり押さえられれば良しとした。
業界が違うと言えば違うのだが、マスクは生産や材料、巨大な工場まで自分で思い通りにやろうとする。
マシンそのものはなく、マシンをつくるマシンをどうつくるか。すなわち、「工場をどう設計するか」にテスラはフォーカスした。
設計と生産を一体化し、高速フィードバックで日々改善を繰り返す。これが生産地獄の克服を可能にした。その力量はとてつもない。
天才×現場主義=唯一無二の「修羅場力」
抜群に頭がいい。しかもガッツがある。「疑う余地がない要件は物理法則に規定されるものだけ」という信念で事に当たる。
しかも、自分から修羅場に突っ込み、現実の現物を現場で自ら動かす。こうした局面では余人をもって代えがたい能力を発揮する。
マスクのようなビジョナリーは、頭の中での構想に傾き、ともすれば現場から離れがちだ。
反対に、現場・現物・現実の人は大きな構想を描くことができない。
マスクにはその両方があった。