
「至急、会社に電話するように」
新婚旅行中に受け取った課長からの伝言
「おう、伝言通じたんか。折り返しすまんな。お楽しみのところだったよな。悪い悪い。アレ、どこに、しまってあるかな?」
今からおよそ四半世紀前。私が新婚旅行でオーストラリア・シドニーに滞在中、ホテルのフロントから伝言を受け取った。「至急、会社に電話するように」。課長からの命令だった。
一生に一度の新婚旅行の宿にまで電話してくるのだから、よほどのことが起きたに違いない。本部から監査が入り落ち度が見つかったか、自分の担当先が突発破綻でもしたのか。悪いことしか頭に浮かばなくなってくる。
「ねえ、早く電話した方がいいんじゃない?」
妻がそう言うのは当然だ。携帯電話がなかった時代なので、フロントで海外コレクトコールのかけ方を教わり、吹田支店に電話をする。時差を考えると日本時間は午後6時。支店にはほとんどの担当者が残っているはずだ。電話を取ったのは、1年上の川口先輩だった。
「お前、海外行っとるんやろ?えっ、課長から電話が?なんでや?ていうか、お前の方が聞きたいよな。ちょっと待っとけ」
少し待たされ、課長が電話に出た。
「年金!年金ファイル、どこ?どこにしまったん?」
「年金ファイルって…年金指定替えのセールス資料のことですか?青いファイルです。課長の後ろの観音開きの棚の上段にあるはずですが」
少し頭が混乱してきた。まさか、ファイルの保管場所が分からないだけでシドニーに電話してきたのか。
「おう、これこれ。サンキューな。助かったわ。会議の資料まとめられるわ」
「そ、それだけですか?ん?本当にそれだけで電話してきたんですか?」
「せや。お前かて引き継ぎ書にホテルの電話番号書いとるやろ。眠たいこと言うな」
呆れたものだった。なんの悪びれもないので、私のほうが間違っているのかと思うくらいだった。