パワハラなどの訴えを恐れて
うわべだけの検査の部署も
私自身が課長になる前のこと。休暇から戻ると、机の中が妙に荒らされていることがしばしばあった。あったはずのお気に入りのボールペンがない。消しゴムの位置が変わっている。印鑑のキャップが外れている。
課長が引き出しを開けて検査したことが、一目瞭然だった。課長の背広の胸ポケットに、私のボールペンが刺さっていたこともあった。
「課長?それ、私のじゃないですか?」
「これか?ああ、落ちてたんだけど、お前のだったのか」
もっとマシなウソをついて欲しいものだ。私の経験によれば、銀行員には手癖の悪い奴が多い。客のカネに手をつけてはいけないという最低限の倫理観は備わっていても、同僚や部下の文房具をくすねるくらいはいいだろうという歪んだモラルがある。
また、ペンがなくなるたびに、「どうせまた誰かに持っていかれるから」と妥協して、気に入らない安物ばかりを買い足す自分が、どうにも情けなかった。
梅雨時など、必ずと言っていいほど置き傘を持っていかれることにも閉口する。傘なんて数百円、名前も書かずに傘立てに置いておくほうが悪い、ぐらいにしか考えていないのだろう。シールで目印をつけていても、剥がして自分のものにするような心の歪んだ者が実に多い。
銀行で働くことを選んだからには、公私ともにクリーンで公正な高い倫理観が求められる。それができないのなら、この仕事を続けることは難しい。たかがボールペン、傘1本と思ってしまう積み重ねが、不正や横領を招き、足をすくわれることにもなりかねない。
話を戻そう。こうした直属課長による休暇中の検査は、うわべだけとりあえずチェックする程度のものになっている部署もあるらしい。令和の現代では、パワハラやプライバシーの侵害だと抵抗を示す若手社員が多い。訴えられることを恐れ、徹底的な検査をしない課長が増えていると聞く。
また、部下の不正を見つけたとしても、自分の管理責任を問われるのではないかと疑心暗鬼になり、見て見ぬふりをする者がいるのではなかろうか。実態としては、多忙を口実に、検査を実施していないにもかかわらず、実施したと報告する不届き者がいるかも知れない。

目黒冬弥 著
そういった管理者がいるから、行員による不祥事がなくならないのだと思う。だからこそ、顧客が利用する貸金庫にまで手をつけてしまう事件も発生してしまうのではないだろうか。
客のカネに手をつけたら終わり。若い頃からそう信じてきたが、あまりにも拙劣な手口の不祥事が増えている気がする。これもまた、ボールペンや傘1本ぐらいの意識で犯行に及んでいるのだとすれば、大いに気掛かりだ。
この銀行に勤め、四半世紀が過ぎた。良いことも、つらいことも、多々あった。私は今日もこの銀行に感謝しながら、業務を遂行している。
(現役行員 目黒冬弥)