香港映画の「獅子山下」化が是か否か?

 最大の理由は資金不足だ。

 これまで約20年余り、香港映画界は中国からの投資に頼りきりだったが、その中国で経済が行き詰まり、映画に大投資するような企業や資産家がいなくなった。この点は香港だけではなく、中国映画界でも同じである。

 次に業界関係者がよく指摘しているのが、「『獅子山下』化」である。

『獅子山下』というのは、公共放送「ラジオテレビジョン香港」(RTHK)で1972年から続く、民生を題材にした社会派ドラマシリーズのタイトルだ。海外のテレビドラマコンテストなどでも何度も賞を獲っており、かつてはRTHKを代表する人気ドラマシリーズだった。

「獅子山」(ライオンロック)とは九龍半島と新界地区の間に横たわる山の名前で、その麓(ふもと)にかつての英国植民地政府が大量の公共団地を建設し、中国から流れ込んだ難民たちを収容した。「獅子山下」という言葉には、1970年代から90年代の香港の経済成長を支えていたのは、獅子山の麓で暮らしていた我々だという市民の自負があった。

 だが、2020年の「香港国家安全維持法」(以下、「国安法」)施行に伴い、公共放送であるRTHKでもまっさきに政府や社会への批判や中国そのものへの違和感を表現する内容の番組が打ち切られたり、改編されたりした。庶民の姿を描く『獅子山下』もその方針が大きく変わったことで、多くのベテラン製作者たちが外部に流出した。

 その結果、そんな彼らが映画界に流入し、社会問題をテーマにした映画を撮り始めた。それが「映画の『獅子山下』化」と呼ばれる現象である。

 実際、昨秋の東京国際映画祭でも、香港からは『トワイライト・ウォリアーズ』のほかに、少年の自殺を取り上げた『年少日記』、本当にあった肉親惨殺事件の親子の思いをテーマにした『お父さん』、さらに自殺した娘を暴行した男をかくまう牧師の姿を描いた『赦されぬ罪』、出産後に周囲の育児への協力を得られずに闇に落ちていく女性を描いた『母性のモンタージュ』などの作品が出展された。これらは必ずしも前述のような元RTHK関係者が製作した作品ではないものの、すべて「『獅子山下』化」の流れをくむ作品だといわれる。

 筆者はこれらの作品に、「とうとう香港にも、台湾や中国のようなドキュメンタリータッチの作品が出てきたか」と、ある意味感動を覚えたりもした。現実に2014年の雨傘運動、そして2019年の大型デモを支えた人たちの間では、決してこれらの作品の評価は低くない。もともと社会的な問題に関心の高い人たちだからだろう。

 その一方で、伝統的映画関係者の一部には、こうした「『獅子山下』化」こそが映画興行がふるわない原因だと指摘する人たちも少なくない。つい先ごろもある著名監督がはっきりと、「観ていて楽しめない」「観客の気分が高揚しない」と言い、さらに「製作者は投資されたカネを使って自己表現している」とまで言い切っていた。「自分のお金を使って、わざわざ映画館で辛い思いをしにいく人はいない」というのが批判者に共通する主張だ。