80~90年代「香港映画がハチャメチャだった時代」にはもう戻れない

 確かに、特にコロナ後にはそんな社会派作品が増えた。筆者が観た中では一部作品には2019年のデモ関連の話題を彷彿させるものもあったが、実際にその映画の製作過程を知る映画評論家に尋ねてみたところ、「脚本は2019年より前にでき上がっていた」とのことだった。

 つまり、前掲のような作品の製作にかかわった若い世代にとっては、すでに香港映画は1980年代、90年代のような、ハチャメチャで陽気だった時代には戻れないということなのだろう。

 もう一つ、社会派ドラマ作品が増えている理由の一つに、「セットを組まずに撮影できる」という強みがある。前述したように投資家が減り、その投資額も減少する中で、『トワイライト・ウォリアーズ』のような大がかりなセットを組まずに撮影できるのは最大の利点だ。昨年、同作品を抜いて1億香港ドル(約19億円)の興行収入を上げて歴代1位になった『ラストダンス』も、社会派とは呼べないものの、ほとんどセットなしで撮影されていた。

「トワイライト・ウォリアーズ」「トワイライト・ウォリアーズ」では大がかりなセットを組んで撮影が行われた (C)2024 Media Asia Film Production Limited Entertaining Power Co. Limited One Cool Film Production Limited Lian Ray Pictures Co., Ltd All Rights Reserved. 拡大画像表示

 それでも昨年は、この2本を含めて3本も興行成績1億香港ドル前後の大ヒット作品が出た。それでも、映画館の閉館は止まらなかった。それが、今年上半期に公開された作品は最も成績が良くてもやっと1000万香港ドル(約1億9000万円)超えという状況が続いている。

 続く映画館の閉館は、こうした経済事情によって起きているのである。

今や、香港映画の最大のスポンサーは香港政府

 そんな中、香港映画の資金不足を支える最大の投資家は、香港政府になりつつある。

 香港政府は2000年代後半から、映画産業を香港ビジネスの一環として位置づけ、政府下の映画発展基金を通じて映画製作資金支援プログラムを開始。同基金ではその後長い間、年間2000万香港ドル(約3兆7000億円)前後の資金を申請に応じて映画製作プロジェクトに投じてきたが、コロナ禍下の2022年は一挙に17本の作品に対して合計1兆1600億ドル(約22兆円)の支援を行った。

 だが、こうした政府の支援を受けるには、どうしても2020年の国安法施行が製作に大きな枷(かせ)となってくる。国安法によって公開上映を前提とした検閲システムにもかつてない条項が加えられ、製作関係者でそのことを「気にならない」といえる人はほとんどいないだろうとされている。

 そのうえで製作資金まで政府の支援に頼らざるを得なくなってしまえば、ますます安全パイを選ぶ傾向は強くなるのは否定できないだろう。以前のような、楽しくて陽気な香港映画なら大丈夫といえるわけではない。だって、返還前の香港映画の「笑い」には、政府高官や警官をおちょくったり、中国から来た人たちの無見識や習慣の違いをターゲットにしたものは少なくなかったからだ。

 映画の世界のこんな変化を、「政治には関わりたくない」と言った蔡さんはどう見ていたのだろうか。聞いてみたかった。