
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第89回(2025年7月31日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
引っ越し前の
見送りシーンが必要な理由
昭和23年(1948年)1月、のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)が中目黒の新居に引っ越す。クレジットが若松のぶから柳井のぶに変わっていた。
旅立ちの日、近所の人に見送られるふたり。マサ子(小野寺ずる)やケイ子(行平あい佳)など知った顔は出てこない(もう田舎に行ってしまったのかも)が、八木(妻夫木聡)がアキラ(番家玖太)を連れてくる。
本当はさみしいのに強がりを言うアキラに、嵩は「心に思っていることを伝えないのは思っていないことと同じこと。なんだって」と教える。これは蘭子(河合優実)が言っていたことだ。こうして、アキラはのぶへの感謝と惜別の気持ちを言葉にした。
見送りシーンは一見要らないようにも思える。いきなり新居でもいいような。だがそんなことはない。必要なシーンだ。
これまで嵩は大人たちから「何のために生きるか」とか「絶望の隣は希望」とか大事な言葉を伝えられてきた。ここでは嵩が自分が聞いた大切なことを子どもに伝える番が回ってきたことを表している(この言葉を嵩に伝えた蘭子は嵩より年下ではあるが)。いきなり新居からはじまらない意味はそこにあるだろう。
「心に」と言うとき、指でアキラの心臓を軽く指差す北村匠海の動作が印象に残った。