チームメンバーは不安しかなかった

買収後の新しいツイッターで引き立てられたエスター・クロフォードは、マスクに何度も懸念を伝えた。

青いマークが意味を持つには、きちんとした確認・検証が必要だが、「クレジットカードで料金を支払うことができる」だけでは確認・検証にならないという懸念だ。

「これはうまく行かない可能性がかなりあると思います」
会議テーブルの端に座り、スマホをチェックしているマスクに向けて話を切りだした。
「この規模のローンチに対応できるほどのなりすまし対策は用意できていません。本当の意味で認証することもできません。このままでは、おかしな事態に陥ってしまうであろうことをご注意申し上げる必要があると考えます」

――『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』より

他にも、マスクが信頼を置いているヨエル・ロスから、ローンチが失敗する理由が細かく書かれた7ページの報告書が提出された。

それでもマスクはいっさい聞き入れず、強引にローンチした。

「なりすまし」の嵐に大笑い

結果、ローンチは大失敗だった。

新しいツイッターブルーをローンチしてすぐに、大惨事となった。なりすましが大量発生したのだ。

任天堂の偽アカウントは、マリオが中指を立てている画像を流した。

テスラの偽アカウントは

「当社の車はスクールゾーンの速度制限を守りません。ガキなんぞ、クソ食らえ」

ネスレ社の偽アカウントは

「我々は、みなさんから盗んだ水をみなさんに売りつけております(笑)」

コカ・コーラ社の偽アカウントは

「1000リツイートで、コカ・コーラにコカインをまた使用します」

イーライリリー社の偽アカウントは

「インスリンを無償で提供することになりました」

さんざん進言してきたエスターからすれば「言わんこっちゃない」だし、こんなに荒れたツイッターからは広告主も逃げ出して収入激減だろうと思われた。周囲の反対を押し切って強引に進めた結果、大失敗したのだ。

ところが、当のマスクはこれらを笑って眺めていたそうだ。大笑いすることもある。
マリオが中指を立てている任天堂アカウントを見て、笑い過ぎて椅子から転げ落ちそうになったほどだ。

マスクが大失敗にも大笑いできる理由

その後、さまざまな人から悲鳴の電話が入って、さすがのマスクも考えを改め、新しいツイッターブルーの規約を考え直すためいったんシャットダウンすることになったが、マスクはこの大失敗にもなぜ笑っていられたのだろうか。

彼にとっては、楽しい失敗だったということらしい。ローンチはたしかに失敗だったが、どうしたことか、彼にとっては、彼が信じるツイッターブルーの未来、そしてブルーチェックの未来が否定されたわけではないということなのだろう。
――『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』より

さすがは稀代の起業家だ。

自分の理想に突き進むうえでの失敗は、屁でもない。難しい局面、修羅場となるほど燃え、生きている実感がわいてくるらしい。

そんなイーロン・マスクと、マスクを止めようとする人々との攻防が面白く、『Breaking Twitter』の中で個人的にとても気に入っているエピソードである。

(本稿は『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』に関する書き下ろし特別投稿です)