小説『ヤマ師』より引用(P131〜133)
父・正治から無断で拝借した金は、いくらかの利子をつけて返しに行った。太郎は正治の前に座り、一礼して封筒を差し出した。
「すみません。実は勝手にお父さんのお金を借りて商売していました。ですが、おかげさまで利益を出すことができました」
正治は煙草を指に挟んだまま封筒をちらりと見やると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。しばらく無言のまま座り直し、太郎を睨むような目つきで言った。
「勝手に俺の通帳を使ったのは気に入らねえが、返すというのなら不問にしよう。だがな、俺の仕事のことを、売った買ったの駆け引きばかりでみみっちいと言ってたじゃないか。お前のやっていることは違うのか」
内心を見透かされたような視線に少し言葉に詰まりながらも、太郎は目を逸らさず応じた。
「勝負の大きさが違います。裸一貫から始めて、どこまで大きなことができるか。それこそが生きる意味ではないですか」
正治はそれを聞くと、深く煙草を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。煙が部屋の天井に向かって立ち上り、やがて薄く散っていく。
「偉そうなことを言うな。要するにお前がやっていることはバクチじゃねえか。お国のため、人類の幸福のためだなんて息巻いていたが、鮭缶でボロ儲けするのがお国のためなのかい」
太郎は軽く息を吸い込むと、毅然として言い返した。
「あらゆる商いは、めぐりめぐって人々を幸せにするものです。利益を出すことは決して悪ではありません」
正治は冷たさと軽蔑を含んだ笑い声を上げた。
「ふん、本当に口の減らねえやつだな。お前のようなのをヤマ師というんだ」
その言葉に、太郎の眉がわずかに動いた。そして、低く、だが強い声で言い放つ。
「ヤマ師で結構です。僕に言わせればエジソン、ナポレオン、信長、秀吉、家康、みな大ヤマ師です。身体を張り、度胸一番、運命と勝負するのがヤマ師の真骨頂だとしたら、僕はまさにそういう人生を歩みたいんです」
太郎がロシアでやってのけた大勝負は、いまや貿易商のあいだで知らない者はいない。いつしか太郎は「ヤマ師太郎」と呼ばれるようになった。その異名は、風の便りで太郎の耳にも入ったが、悪い気はしなかった。
「ヤマ師で結構!」
これが太郎の口癖になった。
父・正治から無断で拝借した金は、いくらかの利子をつけて返しに行った。太郎は正治の前に座り、一礼して封筒を差し出した。
「すみません。実は勝手にお父さんのお金を借りて商売していました。ですが、おかげさまで利益を出すことができました」
正治は煙草を指に挟んだまま封筒をちらりと見やると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。しばらく無言のまま座り直し、太郎を睨むような目つきで言った。
「勝手に俺の通帳を使ったのは気に入らねえが、返すというのなら不問にしよう。だがな、俺の仕事のことを、売った買ったの駆け引きばかりでみみっちいと言ってたじゃないか。お前のやっていることは違うのか」
内心を見透かされたような視線に少し言葉に詰まりながらも、太郎は目を逸らさず応じた。
「勝負の大きさが違います。裸一貫から始めて、どこまで大きなことができるか。それこそが生きる意味ではないですか」
正治はそれを聞くと、深く煙草を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。煙が部屋の天井に向かって立ち上り、やがて薄く散っていく。
「偉そうなことを言うな。要するにお前がやっていることはバクチじゃねえか。お国のため、人類の幸福のためだなんて息巻いていたが、鮭缶でボロ儲けするのがお国のためなのかい」
太郎は軽く息を吸い込むと、毅然として言い返した。
「あらゆる商いは、めぐりめぐって人々を幸せにするものです。利益を出すことは決して悪ではありません」
正治は冷たさと軽蔑を含んだ笑い声を上げた。
「ふん、本当に口の減らねえやつだな。お前のようなのをヤマ師というんだ」
その言葉に、太郎の眉がわずかに動いた。そして、低く、だが強い声で言い放つ。
「ヤマ師で結構です。僕に言わせればエジソン、ナポレオン、信長、秀吉、家康、みな大ヤマ師です。身体を張り、度胸一番、運命と勝負するのがヤマ師の真骨頂だとしたら、僕はまさにそういう人生を歩みたいんです」
太郎がロシアでやってのけた大勝負は、いまや貿易商のあいだで知らない者はいない。いつしか太郎は「ヤマ師太郎」と呼ばれるようになった。その異名は、風の便りで太郎の耳にも入ったが、悪い気はしなかった。
「ヤマ師で結構!」
これが太郎の口癖になった。