130回書くことで改めて痛感した
「やなせさんを描くことは戦争を描くこと」

 やなせたかしさんの史実をベースに、やなせさんをモデルにした嵩を取り巻く人々が自由に生き生きと描かれた。これを見てやなせさんはどう思うだろうか。

「私はちょっと恐れていたんです、やなせさんはどう思うかなって。でもやなせさんのことを私以上によく知っている戸田恵子さんと、ノンフィクション作家の梯久美子さんが『すごく喜んでいらっしゃると思うわ』と口々に言ってくださったので救われました。今はそれを信じようと思います」

 やなせさんに「本当に書かせていただいて、ありがとうございますという気持ちが一番強い」と語る中園さん。

「戦争のことは、やなせさんの史実がなかったら書けなかった。朝ドラで戦争にこれだけの話数を割いて書くことには躊躇がありました。でも本当にあったことなのだからしっかり書こうと関係者を説得できたのもやなせさんの力です」

 中園さんは企画の立ち上げから、今回は戦争に重きを置こうと決めていた。

「企画の段階から今回はやるぞ、みたいな意気込みはありました。ただ、スタッフの中には反対意見を言う方もいて……。戦争の話が長いと視聴者に敬遠されるのではないかという意見は覚悟の上。それでも私はやります!みたいなことを打ち合わせで言っていました。

 やなせたかしさんを描くことは戦争を描くことです。『チリンのすず』や『アンパンマン』には戦争への思いが色濃く現れているし、それ以外のあらゆる作品に思いが散りばめられているのを感じます。

「正義というものを簡単に信じてはいけない」「復讐をしたら必ずそれは連鎖して続いていくものだ」、そういうことをやなせさんはたぶん一生かかって絵本や漫画の中で描いていらした。それを今回130回書くことで改めて痛感しました」

 だんだんと戦争を実体験した人たちがいなくなっていく時代。語り継ぐことの大切さを中園さんは実感している。

「私たちは親から戦争の話を聞いた最後の世代だと思うんです。同級生たちとやりとりをしていると、今まで親から戦争の話を聞いたことがなかったけれど、『あんぱん』を見て、親に聞いてみたら、登場人物のような思いをしていたけれど、これまでは口に出せずにいたことがわかったという話がありました。

 戦争で心に刺さった棘がそれだけ深いのでしょうね。子供には明るく楽しい未来の話や希望のある話をしながら、本当の戦争の記憶は心の奥に塗り込めてきたんじゃないかと思って。

 やなせさん自身もそうでしたけれど、晩年になって戦争に言及した作品が書かれます。でも多分、その前から戦争に関するメッセージ自体は作品に込められていたんですよ。

 皆さんのおじいちゃんやおばあちゃんに戦争の時どうだったのか聞くきっかけに『あんぱん』がなってくれたら本当にありがたいなと思います」

「こんなはずじゃなかった」女性たちへ――中園ミホが『あんぱん』に込めた思いなかぞの・みほ/脚本家。日本大学芸術学部卒業後、広告代理店勤務、コピーライターや占い師などをしながら、1988年に脚本家デビュー。2007年『ハケンの品格』で放送文化基金賞と橋田賞、13年『はつ恋』『Doctor-X 外科医・大門未知子』で向田邦子賞と橋田賞を受賞。『やまとなでしこ』、連続テレビ小説『花子とアン』、大河ドラマ『西郷どん』、『トットてれび』『ザ・トラベルナース』などの脚本を手掛ける。著書『占いで強運をつかむ』『強運習慣100』を発刊するなど、占い師としても活動もしている。 写真提供:NHK

「こんなはずじゃなかった」女性たちへ――中園ミホが『あんぱん』に込めた思い