さらに、母の死後の面倒な事務手続きを一手に引き受けてくれた兄が、「五島に行こう」と誘うではないか。五島列島は長崎県の島々で、隠れキリシタン文化で世界遺産にも登録されている。日本有数の美しい海岸線があり、死ぬ前に一度は訪れてみたいと思っていた。
生まれて初めて、兄と2人の男旅だ。五島ではあまりの自然の美しさに、痛みに耐えて、杖にすがりながらも、なんとか予定どおり観光地を回った。
ついに車椅子の生活に
だがその後、千葉県の自宅に戻ると、痛みが大きくなるばかり。 朝、起きると太ももの裏側の大きな筋が悲鳴を上げ、ついに車椅子でないと移動できなくなった。そこで主治医である順天堂医院のO先生に、同院のペインクリニックを紹介してもらった。
ペインクリニックでは、ブロック注射を打ってもらった。この注射が、またとんでもなく痛いのに、効き目は1日ともたない。そこでペインクリニックのY女医が、すぐに整形外科のN先生を紹介してくれた。N先生は順天堂医院の脊椎脊髄センターの准教授で、半年先まで手術の予定で埋まっている。N先生はレントゲン写真を見るなり、「こりゃヘルニアだね。相当、大きい」というではないか。
そこで「椎間板内酵素注入治療」という新しい治療法を試すことにした。ヘルニコアという薬剤を注射して、飛び出した髄核を小さくして神経への圧迫を軽減する治療法だ。
ところが、これがほとんど効かない。N先生は「あと1カ月、様子を見ることはできますか?」と聞いてくるが、「とてもじゃないけど無理です」と俺。それで結局、手術をお願いすることにした。
ヘルニアの手術は予定より30分ほど長くかかったが、それ以外は順調だった。問題はそれからだ。長く苦しいリハビリが待っていたのだ。
10日ほどで退院できるはずが、なかなか退院できない。腰の痛みが軽くならないのだ。若手医師が回診に来るたび、「痛いんです」と訴えても、「リハビリがんばってくださいね」で終わる。
腰の痛みについては、毎日、俺の体に触れる理学療法士さんのほうが説得力のある説明をしてくれた。あまりに長く神経がヘルニアによって圧迫されたため、神経が変形していて痛みを感じる、神経が元のように戻るには、かなり長い時間がかかるという。
私見だが、順天堂のような大きな大学病院は、主に急性期の患者を受け持ち、あまり改善が見込めない患者は退院させるのが普通だと思う。俺の場合、まだ腰の痛みが強かったので退院ではなく「転院」になった。
