その場を動かず、クマをしっかり見て
ゆっくりと後ずさりすること

「ヒグマでも、ツキノワグマでも、クマが近くにいることがわかったら、絶対に大声を出してはダメ。クマを刺激するだけだから。クマの姿が目に入って恐怖心にかられても、背を向けて走って逃げてはいけません。犬と同じように、クマは走る獲物を追いかけてきます。その場を動かず、クマを目でしっかりとらえましょう。そして、クマの様子を確認しつつ、ゆっくりと後ずさりしながらクマとの距離をあけていきます」

 本来、クマは人間を恐れ、人間との距離をとりながら暮らしてきた。たまたま遭遇したクマは、自分の身を守ろうとしているだけなのかもしれない。であるならば、人間の側から余計な刺激を与え、攻撃本能を呼び起こすようなことは是が非でも避けたい。

 そして、中原さんのアドバイスのように距離をとっていくことで、クマの危機感を和らげて山中に戻ってもらうようにすることが、自らの生命を守る重要なポイントになる。

若いヒグマは木登りが上手
横っ飛びで俊敏に木から降りる

 クマと遭遇した時の窮余の策として、「木に登って難を避ける」という方法を勧める声があるようだ。しかし、その有効性について中原さんは否定的である。

「体重が100キログラムに満たない若いヒグマは木登りがとても上手で、猫と同じようにするすると木を登ります。だから木の上は、逃げ場にはなりません。5メートルくらいの高さから、ヒグマが横っ飛びで木から下りてきたのを見たことがあります。ヒョウのような、ヒグマの俊敏な動きに驚くばかりでした」と中原さんは言う。

「クマはまず左手で攻撃してくる」は
本当なのか

 また、「クマが人間を襲う時は、まず利き手の左手で攻撃する」という説が、一部の人たちの間でまことしやかにささやかれている。これについて中原さんは「わからない」と話す。

 動物学者はクマの利き手の存在を否定する。そうしたなか、興味深い調査資料がある。2021年に山梨県立中央病院が報告した「当院におけるクマ外傷9例の検討」がそれで、06年11月から19年10月までに同病院へ搬送されてきたクマ外傷患者9例を対象にしたものである。