クマは右手と左手を
使い分けることなく攻撃してくる

 9例の全てで顔面の受傷が認められているが、そのうち3例で右側の眼、2例で左側の眼の受傷が確認されている。互いに向き合っていた場合、クマが左手で攻撃してきたら、人間は右目を襲われる。逆に右手で攻撃してきたら、左目を襲われることになる。

 つまり、クマは右手と左手を特段使い分けることなく、両方で攻撃してくることが、この調査資料からは読み取れるのだ。

 実は、「熊掌(ゆうしょう)」は中国で昔から貴重な珍味とされ、中国全土の珍味を集めた宮廷料理である「満漢全席」のメニューの一つとして、その煮込み料理が入っていた。また、中国戦国時代の儒教の思想家である孟子が著した「告子章句上」のなかには、魚料理も熊掌も好きで、両方を得られないのなら、魚料理を諦めて熊掌を選ぶとしたくだりがある。

 それほどまでに熊掌が珍重されてきた長い歴史のなかで、「クマは右手でハチミツをなめるので、甘みがしみこんだ右手のほうが美味しい」だとか、「クマは主に左手で敵と戦う。だから、引き締まった肉がついた左手のほうが高級品だ」といった俗説がまかり通るようになる。それらが日本にも伝わり、「クマの利き手は左」という説につながったものと推測される。

クマは「覆い被さるように」襲ってくる
致命傷を最小限にとどめる対抗手段は?

 もっとも「クマは覆い被さるように襲ってくる」と中原さんは指摘する。万が一そうやって襲われ、右手か左手か関係なくクマから一撃をくらったらひとたまりもない。

 そうした場合の対抗手段とされるのが、両腕や顔面や頭部を覆い、直ちにうつ伏せになり、重大な障害や致命的なダメージを最小限にとどめ、生きのびる確率を少しでも高めること。ツキノワグマの場合は、一撃を与えた後に逃走することが多いとされている。

 クマと遭遇した際に「死んだふり」をすることを勧める声もある。確かに、クマに対して人間の側から危害を加えないことを示す手段にはなるのかもしれない。

 しかし、それがクマに有効に伝わるかどうかは、時と場合によって大きく変わってくる。環境省がまとめた「クマ類に遭遇した際にとるべき行動」にも、この死んだふりは盛り込まれていない。

 近くにクマがいることに気づいたら、先に紹介した中原さんのアドバイスを真っ先に思い起こそう。

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第2回「クマが逃げ出す「最強アイテム」とは?撃退スプレーは〈事前にすべきこと〉がある【猟師歴50年のベテランが教える】」は、8月24日(日)に配信予定です

第2回は、ヒグマに「ガリガリ」と頭を噛まれるも生還したベテラン猟師が「したこと」と、猟師歴50年のベテランがクマと遭遇しないために携帯しているという「最強アイテム」をご紹介します。