運動しても痩せない。食事制限は続かない。減量に必要なのは「食欲」を管理することだった――。肥満大国・米英で「ダイエットの幻想を暴く一冊」「食べ過ぎの本当の理由がわかった!」と称賛されているのが『食欲の攻略書 なぜ私たちは食べ過ぎてしまうのか』(アンドリュー・ジェンキンソン著、岩田佳代子訳)だ。
著者は2000人以上の肥満患者を診てきた、食道や胃の世界的権威にして減量手術の名医。肥満は単なるカロリー計算や意志の問題ではなく、摂食行動、代謝、ホルモン、遺伝、歴史、料理といった多面的な要因が「食べ過ぎ」につながると説く。私たちが知らず知らずのうちに太ってしまう背景には、体の精緻なメカニズムが複雑に絡み合っているのだ。今回は「ダイエット番組」について、特別に抜粋してお届けする。

ダイエット番組の皮肉さ
私はときどきテレビのリアリティ番組『ザ・ビゲスト・ルーザー』を見ては気落ちしている。
番組の内容はよくご存じかもしれない。選ばれた超肥満の参加者が、30週にわたる過酷な食事療法と運動を課され、体重を落としていく様を追う番組だ。
参加者が一途に努力を重ね、ジムで汗びっしょりになっている必死な顔に視聴者は夢中になり、共感を覚える。
努力が足りない参加者がいれば、パーソナルトレーナーが眼前で叱咤激励する。まさにブートキャンプの曹長だ。だがやがて、参加者のこれまでの努力がすべて報われてくることがわかる。
皮肉なのは、流れてくるCMの大半が見るからにおいしそうなファストフードであること。ゆえに、番組の進行とともに視聴者はどんどんお腹が空いてくる。
努力とやる気の競争に意味はある?
番組の最後ではたいてい、体重計に乗った参加者が、実際に減った体重の正確な数値を見て驚きながらも嬉しそうな顔をしている(それをあなたはデリバリーのピザを頬張りつつ見ている)。
私が見た限りでは最高で80キロまで落とせていたが、これは平均的な成人男性の体重と同じだ! まさに奇跡のような結果だ。エンターテインメント性の高い、高視聴率番組になっている。
だがこの番組や、同じようにブートキャンプ風に減量するあらゆる番組の真の目的は何だろう。
こうした番組が言いたいのは、努力とやる気があれば、かなりの体重を本当に減らせる、だ。さらに、もしダイエットできないなら、それはあなたの意志が弱いか、口が卑しいか、その両方だ、とも伝えている。
この類のテレビ番組はジムやダイエット本にとっては実にありがたいものだが、体重を減らそうと頑張っている人にとっては、本当に役に立つのだろうか。
この番組の問題は、参加者に見られる長期的な影響を明らかにしていないことだ。
番組を介して参加者が手にした新しい人生は、その後もずっと続くものと、おそらく視聴者は信じている。参加者は全力で頑張った結果救われ、晴れて肥満を克服した、と。
この番組の結果は、体重のセットポイント(人間の体に備わっている自動的に一定の体重を保つ仕組み)にどう即するのだろう。参加者が体重のセットポイントを永久に下げたままでいられなければ、潜在意識の脳は、食欲と代謝を司る負のフィードバックシステム(変化が起こったときに、その変化を打ち消すように働く仕組み)を駆使して、体重をもとに戻そうとするのではないだろうか。
参加者たちの6年後は、リバウンドして代謝も悪化
アメリカのメリーランド州ベセスダにある国立衛生研究所の施設で行われた有名な研究について見てみよう。指揮をとったのはケビン・ホール博士。人間の代謝には不規則なルールがあるらしいことに興味を引かれた物理学者だ。
彼のチームは『ザ・ビゲスト・ルーザー』の参加者14人を追跡調査し、番組出演から6年後の体重と代謝の変化を分析した。
当初、参加者は平均58キロも体重を落としていた。参加時点での肥満度を考えると、驚くべき結果だ。しかし、番組出演から6年後には、平均して41キロもリバウンドしていた。
彼らの体重のセットポイントは、代謝に関しては依然として効果がなかったのだろうか。
30週にわたる闘いの終了時、彼らの代謝率は開始時より610キロカロリーも低くなっていた。そして6年後にはさらに低くなり、番組参加以前に比して700キロカロリー以上も落ちていたのだ(減量直後は、ダイエット前に比べて500キロカロリーの低下だった)。

これほどの代謝率低下はまさに深刻であり、その体重を維持しようと思ったら、食べられるのは毎食3品のみというかなり思い切ったダイエットをするか、毎日10キロのランニングをするしかないだろう。
対して、参加者の体重のセットポイントは、彼らが番組でのダイエットを始める前とまったく変わっておらず、体重をめぐる闘いは、参加者が自らの意志で努力したにもかかわらず、全力で挑んできた負のフィードバックシステムが勝利し、潜在意識の脳が望む体重に戻したようだった。
(本稿は、『食欲の攻略書 なぜ私たちは食べ過ぎてしまうのか』を一部抜粋・編集したものです)
肥満外科医
名門ユニバーシティ・カレッジ病院の肥満(減量)外科および一般外科医、コンサルタント。サウサンプトン大学医学部を卒業後、イングランド王立外科医師会のフェローシップに参加。腹腔鏡手術の外科学修士課程を修了し、ホーマートン大学病院にてロンドンで最も予約の取れない肥満治療病棟の設立に貢献した。前腸(食道と胃)に関する世界的権威としても知られ、2000年以来、100以上の科学論文を発表。現在はNHS(国民保健サービス)に従事しながら、ロンドンクリニックとウェリントン私立病院の肥満外科部門の責任者を務める。