運動しても痩せない。食事制限は続かない。減量に必要なのは「食欲」を管理することだった――。肥満大国・米英で「ダイエットの幻想を暴く一冊」「食べ過ぎの本当の理由がわかった!」と称賛されているのが『食欲の攻略書 なぜ私たちは食べ過ぎてしまうのか』(アンドリュー・ジェンキンソン著、岩田佳代子訳)だ。
著者は2000人以上の肥満患者を診てきた、食道や胃の世界的権威にして減量手術の名医。肥満は単なるカロリー計算や意志の問題ではなく、摂食行動、代謝、ホルモン、遺伝、歴史、料理といった多面的な要因が「食べ過ぎ」につながると説く。私たちが知らず知らずのうちに太ってしまう背景には、体の精緻なメカニズムが複雑に絡み合っているのだ。今回は「過食が及ぼす影響」について、特別に抜粋してお届けする。

【医師が教える】肥満以上に恐ろしい…過食が招く病気・ワースト2Photo: Adobe Stock

体重増加以前に起こる
過食の影響

 食べ過ぎた場合、自律神経系はどのような活性反応を示すのだろう。それが本当に過食に対する代謝適応なら、我々はどうなるのだろう。

 おそらく、安静時の脈拍数が上昇し、高血圧に苦しむ可能性が高い。通常よりも汗の量が増える。

 血糖値も上がり、インスリンの分泌が促され、甘いものが食べたくてたまらなくなる。

 筋肉が強くなった気がしてくる。脳にはブドウ糖と酸素がたっぷり供給されるので、頭がすっきりして、生き生きしてくる。

 交感神経の作用で鎮痛効果を有するエンドルフィンが少しずつ放出される結果、高揚感も得られる。こういう気分に馴染みはないだろうか。そう、休日の気分だ!

そして、ダイエットを阻害する

 では、こうした自律神経系の働きがダイエットによる体重減少からも我々を守ってくれているとしたらどうだろう。

 その場合は、リラクゼーションシステムとして機能する副交感神経が優位になり、エネルギー消費量を減らし、体重減少を抑制しようとする。

 心臓は機械的エネルギーの使用を控えようと、パルスレート(拍動の速さ)と血圧(拍動の強さ)を下げる。すると、筋肉への血液循環が悪くなり、疲れやすくなる。

 栄養がしっかり摂れている場合に比べて脳への血流は少なくなり、容易に集中できないことに気づき始めるだろう。些細なことで頭が混乱したり気持ちが動揺したりすることすらあるかもしれない。

 当たり前のように享受していたすばらしいエンドルフィンの特徴は消え失せ、鬱々とした虚しい気分になるだろう。

 ダイエットをしたことがある人にとっては、よくわかる話ではないだろうか。患者が訴える内容と自律神経系の反応がもたらす結果は合致していると私は確信している。

ダイエットしていなくても注意!
「過食」の恐ろしい代償

 では、ダイエットをしていない我々(つまり、高カロリー食品に囲まれた環境に暮らし、必要以上のカロリーを摂取している大多数の人々)の身にはどんなことが起こるだろう。

 交感神経が活性化して起こる代謝適応は、過食している人にどんな影響を及ぼすのだろう。

 我々は30年前に比べて1日の摂取カロリーが500キロカロリーも多い。だが同時に、この過剰なエネルギーのほとんどは、我々が努力をすることなく、いつの間にか燃焼している。さもなければ、我々は一様に体重が300キロを超えているだろう。

 交感神経の過度な活性化で過食している人々は、健康上の大きな問題を二つ抱えることになる。

 高血圧と慢性的な高血糖で、いずれも2型糖尿病を引き起こしやすいものだ。これら二つは産業化した都市ならではの健康問題といえるだろう。

 加えて、こうした人々は、過食に対する代謝反応が与えてくれるエンドルフィンや、それによって得られる幸福感の中毒から我が身を容易に引き離せないことも自覚している。食品業界はおそらく、その感覚を利用して益を得ようとしているのだ。

(本稿は、『食欲の攻略書 なぜ私たちは食べ過ぎてしまうのか』を一部抜粋・編集したものです)

アンドリュー・ジェンキンソン Dr. Andrew Jenkinson
肥満外科医
名門ユニバーシティ・カレッジ病院の肥満(減量)外科および一般外科医、コンサルタント。サウサンプトン大学医学部を卒業後、イングランド王立外科医師会のフェローシップに参加。腹腔鏡手術の外科学修士課程を修了し、ホーマートン大学病院にてロンドンで最も予約の取れない肥満治療病棟の設立に貢献した。前腸(食道と胃)に関する世界的権威としても知られ、2000年以来、100以上の科学論文を発表。現在はNHS(国民保健サービス)に従事しながら、ロンドンクリニックとウェリントン私立病院の肥満外科部門の責任者を務める。