その渋谷駅前交番での勤務初日は日勤からスタートした。6名そろって、いったん渋谷署に出勤し、指示などを受けたあと、実習生たちは派出所ごとにバラバラに分かれていく。私は、交番所長*(通称・ハコ長)を筆頭に警察官5名で、渋谷署から歩いて渋谷駅前交番に向かうことになった。

 普通の交番だと日勤は1~2名で、夜勤は仮眠休憩をとる必要があるため2~3名という場合がほとんど。大所帯でぞろぞろ出勤というのは渋谷駅前交番ならではだ。

 平日の午前中から行きかう人、人、人……。交番前に立った瞬間から、地理案内攻めに遭う。「道案内、1日3000件」は伊達(だて)じゃない。

「パルコどこですか?」「文化村はどこすか?」「マルキューてどこぉ~?」

 警察官に若葉マークはない。私が実習勤務だということなど、誰も知るよしもなく、老若男女問わず、次々に質問が飛んでくる。

 意外に多かったのが「ハチ公はどこですか?」という質問だった。渋谷駅前交番から見渡せる位置にあるのだが、人だかりがすごくてまず見えない。

 答えやすい質問が多くて、私くらいの土地勘でも十分対応できる。山形出身の里村君は大丈夫だろうか、なんて心配をしながら、次々にさばいていく。

 1時間ほどすぎたころに、20歳前後の若者2人組が近づいてきて、「ウチら大阪から来たんやけど、なんかオススメありますか?」。

 知らんがなと思いつつも、「センター街とか行かれる方が多いですね」と無難に返すと「なんや、ベタやな」と2人で顔を見合わせながら立ち去る。礼くらい言ってほしいものだ。

 ふと、視界の隅に黒い集団の一行を捉える。20人ほどの男たちが全員黒スーツに黒いサングラスで決め込んでいる。

「なんだ、ありゃ?」交番の先輩も気になったようで奥から出てきた。

「安沼巡査、アレ何やってるか聞いてきて」

 というわけで、私は人生初の職務質問をすることになった。のこのこと黒集団に近づく。年齢は全体的に若いが、10代もいれば、30代以上もいたりとばらけた印象。格好からすると明らかに同一目的を持った集団だが、みんな仲間というふうではなく、どこかよそよそしい。警察官が近寄ってきたことに気づいた集団の代表者らしき男性があわてて駆け寄ってくる。