もし、相手の性格も相手が自分のことを好きかどうかもすべてわかっていたら、悩みはずいぶん少なくなるでしょう。

 現実には、情報は不完全なのです。

質の低いモノが混ざった市場では
良いモノに適正価格がつかない

 私が所属した西村(編集部注/西村周三、経済学者)ゼミでも、情報の非対称性に関する当時の最先端の論文を読んでいました。なかでも1970年に発表されたジョージ・アカロフ教授の「レモン市場」という論文は、とても衝撃的でした(Akerlof, 1970)。

 レモンというのは、果物のレモンのことではなくて、低品質の中古車を意味するアメリカの俗語です。

 果物のレモンは、皮が厚くて、外見から中身の見分けがつかないので、レモンと同じように外見からは品質がわかりにくい不良品の中古車のことをそう呼びます。中古車の売り手は、自分の車の品質をよく知っています。

 一方、中古車の買い手は、売りに出されている中古車の本当の品質がわかりません。そうすると、売り手は、品質が悪いのに、品質が高い中古車と同じ値段で売ろうとします。

 でも、買い手は、品質が悪い車が混ざっていることを知っていますから、品質が悪い中古車を買わされる可能性を考えて、平均的な中古車の質に相当する値段でないと買いません。平均的な中古車の質に相当する値段だと、高品質の中古車を持っている人は自分の自動車を売りません。

 結局、品質の悪い自動車、つまりレモンしか中古車市場には出回らなくなるのです。

 高品質の自動車が売りに出されなくなると、売りに出されている中古車の質はさらに下がります。買い手は、さらに低い値段でないと買いません。

 すると、レモンの中でもまだ品質が高い自動車の売り手は、売るのをやめます。これが続くと、中古車市場は成り立たなくなります。

 このように情報の非対称性がある場合、市場で残されていくのは、買い手にとって望ましくない質のものになっていきます。そのため、このような現象は、逆淘汰あるいは逆選択と呼ばれています。