では、なぜ現実には中古車市場が成立しているのでしょうか。それは、しっかりとした検査が行われて品質が保証される仕組みが構築されているからです。信頼できる検査制度で情報の非対称性がもたらす問題を克服しているのです。
公的年金の制度設計にも
経済学の理論が使われていた
この理論を使えば、強制加入の公的年金保険はなぜ必要なのか、ということも説明できます。
公的年金制度がなく、私的年金保険だけしかなかったとします。「私的年金保険に加入するかしないかを個々人の意思に任せた場合、私的年金保険がうまく回らなくなるから」というのが情報の経済学の答えです。これはレモン市場と同じなのです。
説明しましょう。同じ老後の生活水準を維持するためには、年金保険の保険料は、定期預金の積立額よりも低くて済みます。それは、年金保険は、長生きした場合にだけ給付を受け取り、短命だった場合は受け取らないからです。
つまり、平均よりも早死にする人(=自分が支払った年金保険料より、受け取る年金給付の少ない人、あるいは年金給付を受け取ることができない人)から長生きする人(=自分が支払った年金保険料より、受け取る年金給付の多い人)にお金がわたされるので、平均よりも長生きする人は得をします。
私的年金に入るか入らないかを個々人の意思に任せた場合、不健康な人は早死にしそうだから損だということで入らず、長生きする可能性の高い、健康な人しか私的年金に加入しなくなるでしょう。
そうすると、加入者の中で早死にする人が減るため、私的年金の保険料は高くなります。高くなった保険料に見合うのは、長生きの可能性が非常に高い人だけになって、さらに保険料が高くなります。中古車のレモン市場の話と全く同じ構造なのです。
中古車の場合は、質が悪い中古車が市場に残ったことが問題でしたが、私的年金の場合は健康で長生きの可能性が高い人だけが市場に残ったことが問題なのです。