イギリスの歴史家ポール・ジョンソンは、このように記している。
〈(……)600万近くのユダヤ人が殺された。その土地の宗教、キリスト教、非宗教的思想、迷信、知的思考、風俗習慣、学術、その他あらゆる要素を含んだ2000年にわたる反ユダヤの憎しみが、ヒトラーの手によって圧倒的な勢いをもつ怪物に転化された。そしてヒトラーの類い稀なる精力と意志の力によって、この怪物は無力なヨーロッパのユダヤ民族を根こそぎにしたのである〉
(ポール・ジョンソン『ユダヤ人の歴史』(下)石田友雄監修、阿川尚之ほか訳、徳間書店、1999)
(ポール・ジョンソン『ユダヤ人の歴史』(下)石田友雄監修、阿川尚之ほか訳、徳間書店、1999)
この記述は、ナチス・ドイツの占領下でユダヤ人がいかに過酷な運命に晒されたかを如実に伝えている。重要なのは、ヒトラー個人の残虐性のみならず、ヨーロッパ諸国の人々がユダヤ人を積極的に救おうとはしなかったという歴史的事実である。非合理で残虐な殺戮が行われていたにもかかわらず、ヨーロッパの人々はなんの手助けも行わなかった。そうした歴史的背景から、ユダヤ人の間には「他者を頼っても無駄である」という深い不信感が根づくことになったのである。
貧困層を救済していたハマスは
ロケット弾を持つ武装集団に
「自分の身は自分で守るしかない」──これがユダヤ人たちの導き出した結論であり、この考え方は現在のイスラエル軍によるガザへの徹底的な攻撃にも色濃く表れている。ユダヤ人に敵意を向ける勢力を徹底的に排除しておかなければ、再び虐殺される可能性がある──。そうしたトラウマ的に染み込んだ恐怖と歴史認識が、イスラエルの内在的論理を形づくっているのである。この文脈を知っていれば、必ずしもイスラエルの攻撃が過剰であると一方的に断じることはできなくなるはずだ。

拡大画像表示
続いて、イスラエルと対峙するハマス側の内在的論理について見てみよう。
1987年に設立されたハマスは、当初はガザ地区の貧困層を救済することを目的としたイスラム教スンニ派の社会運動組織だった。そのため、設立当初からガザ紛争以前までは、地域住民の間で高い支持を得ていた。しかし、イスラエルとの対立が激化するなかで、ハマスは武装集団としての側面を次第に強めていくこととなる。