当事者意識は
利己的な動機から

 では、なぜ自分に原因がないことに対して動くのでしょうか。道徳的な動機からでしょうか。見返りを期待しない、にじみ出る美徳としての行為なのでしょうか。

 残念ながらというべきか、そうではありません。その裏には、利己的なモチベーションが隠れています。組織市民行動の研究によると、これらの行動は合理的で、自己利益に基づく動機によるものなのです(もちろん全員が全員そうとは言いません。なかにはまったくの善意でそうしている人もいるでしょう)。

 この背景には、社会的交換理論※2があります。契約以上の貢献をすると結果的に見返りを引き出せる可能性があるというものです。組織市民行動を取り、自分が組織にとって価値ある人材であることを周囲に暗黙裡にアピールする(契約以上の働きをした)ことで、組織からの見返りが期待できるというわけです。

 つまり、かれらは意識的であれ無意識的であれ、組織内での自分の価値を戦略的に高めようとしています。困っている人を助ける姿を周囲に見せることで、「頼れる人」「信頼できる人」という印象を植え付けているのです。

 また、会社の行事に積極的に関わることで、「会社に愛着を持っている人」「組織への貢献意識が高い人」というイメージを構築しています。

 さらに、これらの印象は、直接的な業務成果以上に、上司や同僚からの評価に大きな影響を与えることが研究で明らかになっています※3

 当事者意識の高い人は、長期的な視点での合理的な判断のもとに、組織の中での自分の価値を高める合理的な行動、生存戦略の一つとして、これらの行動をごく「自然に」行っています。

「当事者意識を持て」と言われると、「善人になれ」と言われたような気がするかもしれません。しかし実際は、もっと「どろどろした理由」でやっていいし、そうやるべきなのです。

 人間はどのように言い繕おうとも、遺伝子的に利己的な生き物です。だからこそ、利他的な行動は必ずしも、「善」や「誠意」や「ホスピタリティ」からではなく、利己的な動機によるものであっても構わないとも言えます。

※2 Homans, George C. (1958) "Social Behavior as Exchange" American Journal of Sociology, Vol. 63, No. 6, pp. 597–606.
https://web.ics.purdue.edu/~hoganr/SOC%20602/Spring%202014/Homans%201958.pdf
社会的交換理論の最初の論文。Homans は人間の社会的行動を、報酬とコストを伴う「交換」として定式化した。これを発展させたのが下記のブラウの論文。Blau, Peter M. (1964) "Exchange and Power in Social Life" New York: Wiley.
https://ia601504.us.archive.org/31/items/in.ernet.dli.2015.118920/2015.118920.Exchange-And-Power-In-Social-Life_text.pdf
ブラウは、社会的交換(social exchange)の原理が、組織や社会における人間関係・行動にどう影響するかを理論化し、形式的契約に基づかない「自発的な貢献」互恵的関係(reciprocal relationship)を形成し、やがて報酬や承認、昇進といった見返りを引き出す可能性があることを示した。

※3 評価者のエラーと評価の正当性 Murphy, K. R., & Balzer, W. K. (1989). Rater errors and rating accuracy. Journal of Applied Psychology, 74(4), 619–624. https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2F0021-9010.74.4.619
この論文では、評価者がどのように主観的印象を業績評価に反映させるかを実験的に検証しており、上司の印象形成によって評価にバイアスがかかることが示されている。