【大人の教養】プーチンの私兵か、ウクライナの義勇兵か…チェチェン人の悲劇とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

【大人の教養】プーチンの私兵か、ウクライナの義勇兵か…チェチェン人の悲劇とは?Photo: Adobe Stock

プーチンの私兵か、ウクライナの義勇兵か…

 黒海とカスピ海に挟まれたカフカス山脈の北側に、チェチェン共和国があります。名称からは独立国のように見えるかもしれませんが、実際にはロシア連邦内の一構成主体です。

 多くの住民はチェチェン人であり、土着の宗教と融和しやすいイスラーム神秘主義(スーフィズム)を信仰しています。チェチェン人は1859年にロシア帝国の支配下に入りますが、1917年のロシア革命のさいに自治権と引き換えにロシア共産党を支援し、1922年にはソビエト連邦下でチェチェン自治州が成立しました。

 けれども、それは名ばかりの自治で、後に宗教弾圧が加えられたうえ、1944年にはカザフスタンやシベリアへ強制移住させられます。十数年後に帰還が認められたものの、その間にロシア人が移住しており、チェチェン内部の民族構成はさらに複雑化しました。

 そうした苦難を通じて、チェチェン人は強固な結束を育んだと考えられています。

チェチェンの苦難の歴史

 ソビエト連邦崩壊前後、チェチェンでは独立への気運がいっそう高まりました。1991年に独立を宣言し、翌1992年にはロシア連邦への参加調印を拒否します。2年にわたる交渉が決裂すると、1994年にロシア連邦軍が軍事侵攻し、第一次チェチェン紛争が始まります。首都グロズヌイは陥落しますが、各所でゲリラ戦を展開したチェチェン勢力がロシア連邦軍を苦しめ、1996年には事実上の独立と停戦協定を勝ち取ります。

 ところが1999年、チェチェン独立派がダゲスタン共和国へ侵攻すると、再びロシア連邦軍が進軍し、第二次チェチェン紛争へ発展。停戦協定は無効となり、チェチェン人によるテロが相次いだといわれています。ロシア政府は2009年にチェチェンでの武装闘争は沈静化したと宣言しましたが、テロ事件は起こり続け、安定にはほど遠い状況です。

現在の状況は?

 しかし、現在のチェチェンでは、ラムザン・カディロフが首長として強権的に統治し、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンへの忠誠を誓う親ロシア政権を運営しています。カディロフの父親アフマドも元は独立派だったといわれますが、過激化する独立運動の制圧を望むロシア連邦側の懐柔策を受け、連邦派へ鞍替えしました。

 その結果、アフマドは独立派の反発を買い、爆弾によって暗殺されたと報じられています。こうした経緯から、チェチェン内部には依然として独立を求める人々が存在しているとされていますが、カディロフ政権の徹底した弾圧により政情の安定が保たれています。

 さらに2022年以降、ロシアがウクライナへの侵略を始めると、カディロフ私兵団と呼ばれるチェチェン部隊がロシア軍として参戦し、カディロフ自身もSNSなどでプーチン政権を支持する姿勢を積極的に示すようになりました。

 その一方、独立を目指すチェチェン人の一部はウクライナ側に立っているといわれ、チェチェン人同士が戦場で相まみえる構図が生まれています。

チェチェンは原油の産出国

 ロシアがチェチェンの独立を認めない理由として、1893年に首都グロズヌイで油田が発見されて以来、産油地帯としての価値を持っている点が挙げられます。1931年の産油量は806万トンを記録。当時のソビエト連邦における産油量の36%を占めるほどでした。

 ロシアはパイプラインを通じてバクー(アゼルバイジャン)からノヴォロシースクへ至る原油ルートを確保してきましたが、紛争を契機にチェチェンを迂回する別ルートも建設しました。それでもロシアはチェチェン独立を認めず、その背景として緩衝地帯や産油利権を手放したくないという思惑が強いといわれています。チェチェン側は「宗教が異なる」「資源がある」「ロシア人住民との対立が絶えない」という要素を抱えているため、今もくすぶる独立志向が完全に消えていないと考えられます。

【大人の教養】プーチンの私兵か、ウクライナの義勇兵か…チェチェン人の悲劇とは?出典:『経済は地理から学べ【全面改訂版】』

 ロシアによるウクライナ侵略を背景に、カディロフ体制はロシアへの忠誠を改めて誇示していますが、チェチェン独立派の一部はウクライナと連携して反ロシア戦を続けているとされ、まるで代理戦争のような構図が生じているわけです。

 黒海とカスピ海に挟まれた地域は、多様な民族・宗教が複雑に交わる地点であり、まさしく「火薬庫」なわけです。チェチェン今昔物語は、ロシア連邦内に組み込まれた共和国が、強い独立意識と地理的要因、豊かな資源と宗教的背景によって、いまなお大国の思惑に翻弄され続けている姿を映し出しているといえるのです。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)