決して伝えてはいけない言葉

 ハーバード・ビジネス・スクールのブルックス教授は、実にシンプルな、そしてすぐに実践できる対処法を提案しています[1]。

「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせるのではなく、緊張している状態を「わくわくしてきた」と考え直すのです。まさに、レンズを少し変えてみるのです。

 ブルックスによれば、緊張とわくわくは、身体症状としてはきわめて似ています。どちらも、心拍数が上がりドキドキしてくる点では同じなのです。

 それを「緊張してきた」とネガティブに捉えてしまうと、プレゼンなどのその後のタスクに悪影響が出ます。ところが、「わくわくしてきた」とポジティブに捉えれば、その後のタスクにもポジティブな影響が及ぶというわけです。

 はたしてこれだけで本当に効果があるのか、研究の結果を見てみましょう。

「落ち着こう」と伝えてはいけない

 ブルックスは、カラオケを使ってこの対処法の効果を調べています。任天堂のゲーム機のカラオケソフトを使って、調査の参加者113人にカラオケで歌ってもらい、歌唱力を評価しました。

 誰でも、人前で歌うときは緊張するものです。歌唱力を採点すると言われたらなおさらでしょう。

 そこで、何人かには歌う前に「私はわくわくしている」と言ってもらったのです。この一言を口にした参加者の歌唱力の平均点は81点。一方、歌う前に何も言わなかった人たちの平均点は69点でした。

「私はわくわくしている」と言うだけで、12点も点数が上がったことになります。

 では、プレゼンの場合でもこの方法に効果があるのでしょうか。140人の調査の参加者に2分間のスピーチを行ってもらいました。参加者には事前に、プレゼンは録画されてのちほど評価されると伝えました。

 プレゼンを始める直前に、半分の参加者には「私はわくわくしている」と言ってもらい、残りの半分には「私は落ち着いている」と言ってもらいました。

 プレゼンの出来はどうだったのでしょうか。プレゼンを第三者に評価してもらったところ、「私はわくわくしている」と言った人のほうが、「私は落ち着いている」と言った人よりも説得力、能力、自信、粘り強さの項目において、評価が高かったのです。

「わくわくする」ことの科学的効果

 さらに、ブルックスは数学の短いテストでもこの方法の効果を調査しました。被験者に「これはIQテストです」と伝えて、パソコンの画面上で数学のテストを行いました。IQテストと言われれば被験者の緊張感は高まります。

 一部の人たちには、テストの直前にパソコンの画面に「わくわくしよう」と表示し、ほかの人たちには「落ち着こう」と表示しました。

 結果はというと、「わくわくしよう」と表示された人の平均点は3.6点。「落ち着こう」と表示された人の平均点は2.9点。やはり「わくわく」してもらったほうが点数が高くなったのです。

 冒頭で竹中さんは、緊張する桜井さんに「落ち着いて」とアドバイスをしていますが、これはあまり効果がないようです。ブルックスによれば、「落ち着こう」とすればするほど、仕事が脅威に思えてしまうのです。

 そうではなく、「わくわくしている」と自分に言い聞かせることで、仕事を前向きなチャレンジと捉えることができるのです。そうすればパフォーマンスも上がりやすくなります。

チームで円陣を組んで、励ましあうのも効果がある

 チーム全体で重要なプレゼンを行ったり、何か大きなイベントを手がけたりする場合、チーム内に緊張感が走るものです。このような場合も同じアクションで対応できます。

 スポーツのチームでは試合の前に円陣を組んでメンバー同士で励ましあいます。それと同じように、プレゼンやイベントの直前にチームで集まって、「わくわくしよう、楽しもう、盛り上がろう!」と声をかけあうのです。

 こうすることでチーム全体の高揚感が増し、チームのウェルビーイングが高まるでしょう。

*この記事は、『職場を上手にモチベートする科学的方法――無理なくやる気を引き出せる26のスキル』(ダイヤモンド社刊)を再編集したものです。

[1] Brooks, A. W. (2014). Get excited: reappraising pre-performance anxiety as excitement. Journal of Experimental Psychology: General, 143(3), 1144.