
「CX(顧客体験)が大事なのは分かっている。でも、実際にうまくいかない……」。製造業の現場でのこうした声の背景には、“高品質”という成功体験や、部門をまたいだ連携の難しさ、評価指標の曖昧さといった「壁」がある。本稿では、製品開発やモビリティ分野でCXの改善に取り組んできた346(サンヨンロク)共同代表の菅野秀氏が、CXが進まない構造的な理由と、それを打破する手掛かりとしての「広義のデザイン」の活用法を紹介する。抽象的な議論から一歩踏み込み、CXを“実装”するための第一歩とはどのようなものだろうか。
CXが進まないのはなぜ?
製造業で“見落とされがち”な4つの壁
顧客の期待が多様化・高度化する中で、企業にとって「選ばれ続ける理由」を築くことがかつてなく重要になっています。その鍵を握るのが、顧客体験(CX)の質です。CXという言葉そのものは既に広く浸透しており、経営者層もその重要性を認識していないわけではありません。しかし、「なぜ大事か」は認知されていても、「どう実践するか」「どう評価するか」については、まだ体系的な構築・評価方法が確立しているとはいえません。その結果、具体的な取り組みは後回しにされたり、属人的な経験や勘に頼ったりというケースが多く、実効性のある取り組みが広がっていないのが実情です。
特に製造業では、CXの推進が以下の理由から難航しがちです。
過去の成功体験への依存:
国内の製造業では「高性能・高品質こそ価値」という過去の成功体験が根強く、定量化しづらい体験価値に対する投資優先度が上がらない。
体験設計を担う役割の不在:
CXをどの部門、誰が担うのかが曖昧なまま、設計、営業、カスタマーサポートなど、各部門で個別に対応され、全体を横断する視点が欠如している。
CX評価指標の不足:
製品の使いやすさや顧客満足度といった定性的要素の評価基準が乏しく、「スペック」や「価格」といった定量的な要素だけで製品の良しあしが語られている。
属人的/断片的な取り組み:
顧客の声を生かそうとする動きはあっても、特定の担当者の取り組みや一時的なアンケートにとどまり、組織的な学びや改善につながっていない。
こうした要因により、CXは「重要だとは理解されているものの、実際には取り組まれず、定着もしない」テーマになっているのです。
では、どうすれば進まないCXを推し進めることができるのでしょうか。
私が提案したいのは「デザインの積極的活用」です。といっても、ここでいうデザインとは、多くの方々がイメージする「デザイン」とは少し違うかもしれません。