グリコがお菓子とともに創造してきた「体験」の力

モノからコトへの動きが始まるずっと以前から、製品そのものの力で顧客の記憶に残る体験価値(CX)を生み出してきたのが、2022年に創立100周年を迎えた菓子メーカーの江崎グリコだ。創業時から顧客起点を貫き、「食べる」という行為の周辺に広がる「遊ぶ」「つながる」「シェアする」といった体験を丸ごとデザインしてきた同社の製品作りを、同社デザイン部長の佐藤敏明氏がひも解いた。

ポッキーに内包された「We」のデザイン

 グリコを代表するお菓子の一つが「ポッキー」です。今ではチョコレート菓子の定番中の定番ですが、1966年の発売当初は非常に革新的でした。つまみやすいスティック状で、しかも、チョコでコーティングしない部分を意図的に残したデザインのため、指が汚れないのです。この工夫によって、仕事しながら、読書しながら、歩きながら……の「ながら食べ」が可能になりました。80年代には、お酒との相性が良いチョコレートとして「ポッキー・オン・ザ・ロック」が大ヒット。その後、旅のお供としても愛され、94年には地域限定ポッキーも生まれています。

 地域限定ポッキーは2016年に「地元とつくる、地元ポッキー」へとリニューアルされました。以降、「信州巨峰」「夕張メロン」「佐藤錦」など、各地の特産品を使ったぜいたくな「地元ポッキー」が続々と登場しました。パッケージも凝っていて、例えば「夕張メロン」なら、メロンの写真に合わせた凹凸加工や光沢加工を施しています。手触りまで楽しめる上質なデザインは地域の方々の誇りにつながり、持ちやすさ、配りやすさにこだわったコンパクトな箱や個包装は、お土産として、買う人にも、もらう人にもうれしいこだわりです。近年では訪日観光客の方々にも人気で、いわば、旅の思い出をシェアする媒体(メディア)になっているのです。

グリコがお菓子とともに創造してきた「体験」の力地域それぞれの味、特色が表現された「地元ポッキー」
©江崎グリコ

 毎年、11月11日にはSNSに「#ポッキー」の投稿が激増します。「ポッキー&プリッツの日」は、平成11(1999)年11月11日に制定されました。「1111」の並びがポッキーとプリッツを想起させることから、もともとは販売促進キャンペーンとして周知を図ったものですが、今ではむしろお客様が率先して発信してくださるようになりました。2000年代には「ポッキーダンス」がブームになり、「シェアハピダンス」と呼ばれる動画投稿が中高生に広がりました。

 ポッキーという一つの商品の歴史を振り返るだけでも、さまざまな世代に支持され、多様な体験価値を生み出していることがお分かりいただけると思います。それはなぜでしょうか? 私は、そもそもポッキーという商品そのものに、食べる人の体験がデザインされているからだと思います。これは、ポッキーに限ったことではありません。2本で一つの「パピコ」も、素手でつまんでもベタつかない一口サイズの「アイスの実」も、おいしさだけでなく、友人や家族とシェアして楽しむ体験まであらかじめデザインされているといえます。

 これらに共通しているのは、「I(私)」だけでなく「We(私たち)」の発想です。お菓子をシェアすることで会話のきっかけを生み出し、互いの幸福感が高まり、関係が深まっていく。グリコでは「人と人とのつながり」を生み出すという顧客体験価値(CX)を何よりも大事にしています。