
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月曜から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第117回(2025年9月9日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
手嶌治虫は「古い」…価値観の「逆転」が起きる
誰がつけたか『アンパンマン』。第117回でしれっと命名されていた。
だがサブタイトルは「あんぱんまん」だ。なのに、ドラマのなかでは「アンパンマン」と書かれているのはなぜ?この疑問は後述する。
まずは『千夜一夜物語』。
締め切りに間に合うか担当をハラハラさせた『千夜一夜物語』であったが、昭和44年6月に無事完成、しかも大ヒット。
喜んで手嶌(眞栄田郷敦)が電話してくる。ここで北村匠海は、嵩が家具に小指をぶつけて転ぶ小芝居をする。お茶を吹き出したり転んだり、真面目そうなのにこういう動きも巧い。
のぶ(今田美桜)はそれを「小躍りして喜んでおります」と手嶌に伝える。ちょっとこのへん、嵩の書く4コマ漫画みたいだ。
手嶌は自分がもう古い人間だと思われていると自覚していた。でもこの映画がヒットしたことで、安堵していた。ヒットのお礼にと、製作費を出すから嵩に映画を作らないかと持ちかける。
手嶌が登場したとき、大胆なストーリーやインパクトのあるキャラクターが登場する彼の漫画が新しいともてはやされた。それまで主流だった4コマ漫画が古いとされ、嵩が目指していたものも古びてしまったわけだが、時代は変わり、手嶌が古いと言われる時代になった。
これもひとつの『アンパンマン』のテーマである「正義は逆転する」だ。
正義を価値観に置き換えてみればいい。価値観はいとも簡単に、いつの間にか逆転する。嵩のモデルのやなせたかしの場合、年下の手塚治虫の出現で、自分の時代が来る前に自分のやっていることが古びてしまったが、なんだかいろいろやっているうちに、また彼の時代がやってきて、長く続いてしまうのだ。