「スポーツの祭典」近代オリンピックと野球は、そこまで関わりが深くない。近代オリンピックはフランス人貴族のピエール・ド・クーベルタン男爵によって1896年に始められた(第1回は古代オリンピック発祥の地、ギリシャ・アテネで開催)。しかし、野球が初めて公開競技になったのは約90年後、1984年ロサンゼルス大会からである。

明治期の日本においては
野球と五輪は近しい存在だった

 その後も正式競技として採用される大会とされない大会が続き、その地位は不安定である。近代オリンピックはヨーロッパ発祥であり、主に南北アメリカ大陸や東アジアなど環太平洋地域で発展した野球はあまり重視されてこなかったと考えられる。

 しかし日本に限っていうと、当初からオリンピックと野球は近い位置にあった。『いだてん』でも描かれたように、日本選手団のオリンピック初参加は1912年のストックホルム大会からで、国内予選の会場を提供するなどバックアップしたのは、野球を中心としたスポーツ社交団体「天狗倶楽部」だった。

 また、オリンピックに日本選手団を派遣するためのスポーツ振興団体「大日本体育協会(現在の日本スポーツ協会)」は、学生時代に野球をプレーした経験もある嘉納治五郎、そして早稲田野球部の部長である安部磯雄によって設立されている。当時の日本において「体育・スポーツ」と「野球」の発展は不可分な関係にあったといってもよいだろう。

 このことを端的に示しているのが『いだてん』第1話の描写である。

 近代化を果たして間もない明治時代、体育・スポーツは日本全体に浸透していなかった。そこで嘉納治五郎は、日本へのスポーツ普及のきっかけとすべく、すでにヨーロッパで始まっていたオリンピックに日本を参加させようと思い立つ。だが、遠い外国の地に選手を送るには資金が必要であるため、当時の大銀行である横浜正金銀行(現在の三菱UFJ銀行の前身)副頭取の三島弥太郎(演:小澤征悦)からの融資を得るべく、三島が自邸の庭園で行っているパーティに赴く。

 そこに突然、野球ボールが飛んでくる。

 三島弥太郎の弟で、のちに金栗とともに日本人オリンピック選手第1号となる三島弥彦(演:生田斗真)と、野球に興じていた仲間たち(天狗倶楽部)がボールを追って、パーティの場に乱入してきたのだ。