香港における「六四」と「5月35日」

 一方、香港では「六四」も「5月35日」もまったく自由に論じられてきた。また、毎年6月4日にこの天安門事件で亡くなった人たちの追悼、事件を暴力的な手段で収束させた中国政府への抗議と、その名誉や社会的地位を奪われた人たちの市民権の回復、そして事件の真相究明を訴える集会が開かれてきた。

 荘さんの舞台劇『5月35日』では、一人息子を天安門広場に突入した軍隊によって殺された両親が、息子の死以降一度も広場に足を向けようとしなかったが、自身の命の終わりを意識して、広場に出向いて亡き息子を堂々と弔おうと決意するまでの逡巡や苦痛が描かれる。

 実際に事件で家族を亡くして抗議を続けている人たちのグループ「天安門の母親」を念頭にした『5月35日』の香港での初演は、事件から30周年となった2019年のその日直前の5月末だった。チケットは発売からわずか3時間で売り切れ、すぐに同年7月の追加公演が決まるほど盛況だった。その年の天安門事件犠牲者追悼集会も、年々減り続けてきた参加者が再び大きく増えたことが大きなニュースになった。

 しかし、その日から1週間も経たないうちに、今度は香港市民自身が当時政府が推進していた「逃亡犯条例」の改訂に反対して街を練り歩くデモに身を投じ、香港の命運もその後大きく変化した。そして、2019年を最後に、香港でもまた6月4日は5月35日となり、追悼集会が禁止されたどころか、主催関係者は軒並み逮捕され、公での発言は難しくなったのである。

公開されなかった動画

 その荘さんが今年9月1日に自身のフェイスブックアカウントに書き込んだ公開質問状が、今、大きな注目を巻き起こしている。

 書き込みの内容によると、荘さんは昨年春、母校の香港演芸学院(香港アカデミー・オブ・パフォーミングアーツ、以下「APA」)から、著名卒業生の1人として、学院創設40周年の記念活動の宣伝動画への出演協力を求められたという。ちょうどその頃、荘さんは母親の喪中にあり、父親が大病を患っていることが分かったばかりで、外部の講演やインタビューなどを一切断っていたが、母校の度重なる要請に一肌脱ぐことにした。

 母校関係者に求められるがまま、学院のロゴの入ったTシャツを着てカメラの前で自身の学生時代を語り、さらに昔の写真や仕事中の写真を探し集めて、動画製作担当者に手渡した。それもこれも「インタビュー動画が充実したものになるのを期待したから」だった。