約1年経った今年7月になって、荘さんはふと40周年記念活動も終盤に入っているのに自分の動画が公開されていないことに気づき、担当者に問い合わせた。数日後に届いた返事に荘さんは驚愕したという。そこには、今年1月に彼女を含めた卒業生らのインタビュー動画を中国国内のSNS「小紅書」にアップしようとしたところ、彼女の動画だけどうしてもアップできなかったという言い訳が書かれていた。
……だから?
「小紅書」は中国の民間SNSであり、APAは香港の公立大学である。両者にはプラットホーム運営者とその利用者という関係以外、なにもない。たかがそんなSNSの一つに「アップできなかった」ことを理由に、「自由な言論が許される香港」で母校が自分の動画をお蔵入りにしたと知った。
「香港で最も刺激的で影響力のある25人の女性」の母校なのに……
APAはその名の通り、香港で唯一の「パフォーミング・アーツ」、つまり舞台や映画、音楽、ダンスなど前衛舞台芸術を学ぶことができる公立専門大学である。1984年に設立され、いまでは香港で舞台芸術に携わる人たちのほとんどがこの学院の卒業生といって過言ではない。
2001年に同学院を卒業した荘さんは、その活動と作品でこれまでにも香港内外で高い評価を受けてきた。卒業後は香港指折りの劇団に雇用されてキャリアを磨き、独立してからは政府主催の芸術祭の常連になっている。10年ほど前には香港最大の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」による「香港で最も刺激的で影響力のある25人の女性」の1人にも選ばれた。そして、冒頭のようにその作品は日本のみならず、世界各地で翻訳、上演されている。
文字通り香港を代表する芸術家となった荘さんはさらに、それによって得た報酬の一部から学院の奨学金を支援してきたことも明らかにした。そこまでするのは「母校に対し、感謝だけではなく、大きな信頼と期待を抱いており、そのオープンで人間重視の教育方針によって、これからも香港の舞台芸術人材の重要な育成拠点であり続けると信じているから」だったと述べている。
だが、母校はそんな彼女の動画を、「中国のSNSにアップできない」というだけで放棄してしまった。
荘さんの公開質問状は、「誰が動画公開取り消しを決めたのか」「小紅書は新たな公開基準なのか」「なぜ担当者は自ら連絡をくれなかったのか」「学院はわたしを追放したのか、そうでなければきちんと前向きに誤解を解くべきではないのか」への答えを求め、「8月末までにきちんとした回答が得られなければ、事態を公開する」と通達していたことを明らかにした。