人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。

「ネアンデルタール人は、人類よりも“大きな頭脳”と頑丈な体を持っていた…」。彼らが絶滅する要因になった、「決定的な弱さ」とは?画像はイメージです Photo: Adobe Stock

ネアンデルタール人の洞窟

 およそ三十五万年前、スペイン北部の洞窟には、ホモ・エレクトスの一団が暮らしていた。

 彼らの体つきは、アフリカにいた祖先たちよりもずっと頑丈だった。そして彼らは、まさに――氷河時代の「洞窟人」の典型ともいえる存在――ネアンデルタール人へと進化しようとしていた。

 ネアンデルタール人は、もともと熱帯を好んで暮らしていたホミニンの系譜を受け継ぎながら、ユーラシア大陸全域に広がっていった。寒さに適応したその体は、ずっしりと重く、がっしりとした骨格を持つだけではなかった。

私たちよりも大きな脳を持つ

 彼らは生き延びるために、自分たちの環境そのものを変え始めた。

 氷河期の寒さに屋外で耐えるのではなく、洞窟や岩陰の中にこもり、狩りのときだけ外に出るようになっていった。そうした洞窟の中で、彼らは内面の豊かな世界を築いていった。

 その脳の大きさ――平均すれば私たちよりも大きい――にもふさわしく、思考の生活を深めていったのだ。日光の届かない洞窟の奥に、構造物をつくり、年長者を敬い、死者を葬った。

 こうした“洞窟の住人”たちは、かつて草原を駆け抜けていた獲物を追うホモ・エレクトスとは、まるで正反対の姿をしていた。

決定的な弱点

 けれど、三十万年以上にわたって生き延びたにもかかわらず、ネアンデルタール人もまた、他のホミニンたちと同じ“弱さ”を抱えていた。それは「数が少ない」ということだ。

 彼らの行動範囲は狭く、部族同士が出会うこともまれだった。そのため、次第に血縁関係が濃くなっていき、常に絶滅の一歩手前に立たされていたような存在だった。

(本原稿は、ヘンリー・ジー著ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史〈竹内薫訳〉からの抜粋です)