人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。

まるで『指輪物語』のように
数が少なく、広く散らばった集団は、進化にとって格好の材料となる。ホモ・エレクトスが大陸を渡り歩く中で、その姿かたちは実に多様に進化していった。
ホモ・ハイデルベルゲンシスやネアンデルタール人だけではない。百万年前のユーラシア大陸は、まるで『指輪物語』(※映画「ロード・オブ・ザ・リング」原作)でトールキンの描いた「中(なか)つ国(くに)」のようだった。
そこには、“さまざまな“人に似た存在”が共に暮らしていたのだ。いずれも、ホモ・エレクトスの子孫たちである。
驚きの巨人「ドラゴンマン」
かつて、この地上には「巨人たち」がいた。「ドラゴンマン」の名で知られるホモ・ロンギ(Homo longi)は、一九三〇年代に満州で見つかった頭骨からその存在が明らかになった。
その人物は、現代人と比べても遜色ない――いや、それ以上に大柄で頑丈な体をしていた。
この種は、二百万年以上前にホモ・エレクトスが東アジアに到達してから、やがてホモ・サピエンスが現れるまでの長いあいだ、この地に暮らしていた複数のヒト属の一種だった。
雪男やイエティに近い人類か?
もうひとつの種が、デニソワ人である。この名は、シベリアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟に由来する。彼らの存在が初めて明らかになった場所だ。
デニソワ人はネアンデルタール人の近縁種でありながら、極地を除けば地球上で最も過酷な環境のひとつ――チベット高原――で進化した。
もし、雪男やイエティといった民話的な存在に最も近い人類がいるとすれば、それはまさにこのデニソワ人かもしれない。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)