スマホ、ネット、SNS……気が散るものだらけの世界で「本当にやりたいこと」を実現するには? タスクからタスクへと次々と飛び回っては結局何もできない毎日をやめて、「一度に1つの作業」を徹底する「一点集中」の世界へ。18言語で話題の世界的ロングセラーの新装版『一点集中術━━限られた時間で次々とやりたいことを実現できる』。その刊行を記念して、訳者の栗木さつき氏に話をうかがった。(構成/ダイヤモンド社三浦岳)

歳をとると「老けこんで見える人」と「凛とした人」の決定的な差とは?Photo: Adobe Stock

世界陸上の現場で目にしたもの

――『一点集中術』を翻訳するなかで、気づきなどはありましたか?

栗木さつき氏(以下、栗木):ちょっと話は遠回りしてしまうんですけど、先日、国立競技場に世界陸上を見にいったんです。そのとき、世界の第一線の選手たちが競技に集中する姿を見て、「集中している人間の表情はなんて美しいんだろう」と思い、感動しました。

 じつは、わたしは中年になってから、人間の「顔つき」、いわゆる「面構え」のようなものについて考えるようになりました。

 美醜にかかわらず、職業にかかわらず、いい年齢の重ね方をしてきた人間には、奥深さ、凛とした強さや美しさのようなものがあると思っていて、それが自分に足りないことを実感していたからです。

 ですから国立競技場で、「ああ、これはもしかすると、人生のなかでどれくらい集中してきたか、目の前のことに誠実に注力してきたかが、人間の顔付き、表情に出るのではないか」と思いました。

歳をとると「老けこんで見える人」と「凛とした人」の決定的な差とは?Photo: Adobe Stock

目の前のことに真摯に向き合ってきた人

栗木:『一点集中術』に出てくるエピソードにも象徴的なものがありました。元国務長官のヘンリー・キッシンジャーが出てくるところです。

 彼が目の前にいた無名の若者に強い集中を向けて、短い対話でも強烈な印象を残したという話です。そのエピソードを読んでいて、キッシンジャーには世界の第一線でしのぎを削りつづけてきた人ならではの魅力があったのかなと思いました。

 キッシンジャーは、一緒にすごしたわずかな時間、注意をすべて目の前の若者に向けた。これによって、サミュエル(若者)はキッシンジャーが自分に謝意を示し、敬意をもって接してくれたことをずっと覚えているというのだ。
 尋常ならざる多忙な日々を送る人間でも、目の前の相手に完全に集中できることを、キッシンジャーは体現したといえるだろう。――『一点集中術』より

栗木:そんな世界レベルの人ではなくても、長年目の前の高齢者の話を真摯に聴きつづけてきた介護士さんとか、保育の場で子どもの目線に合わせて一人ひとりの声を聴いてきた保育士さんのような人たちを前にしたときも、いい顔をされているなと思うことがあります。

「漫然と生きてはこなかった」「自分でできるかぎりのことを尽くしてきた」「自分を律して夢中になってきた」……そうして目の前のことに真摯に向き合ってきた人たちは、その生き方が表情に宿るのではないかなと思うんです。

 集中して没頭できるほど、好きなことがある。

 集中しなければならないときには、全身全霊で集中する。

 そのためには誘惑に負けず、ゴールに向かって一歩ずつ前進する。

 すべて当たり前のことのようですが、私が「美しい」と感じる高齢者のみなさんの表情には、そうした「集中」の歴史の積み重ねがあるのではないか、と。

 一方で漫然と生きていると、集中すべきときに集中できず、結果、生きがいを感じられず、不幸を嘆いてしまうことにつながります。そうしたことが積み重なっていけば、顔つきも老けこんでしまったりするのかと思います。

いい時間の積み重ね

『一点集中術』によると、集中すべきときに集中できるようになれば、その積み重ねで人生は充実したものになり、幸福度が高まるとのことです。逆に言うと、ものごとに集中できなければ、幸福度が下がるということ。

 ものごとに集中した時間の積み重ね、いわば累積時間で、人生の充実度は違ってくるし、面構えも変わってくるのではないかと思った次第です。

 これは自分としては、目の前の霧が少し晴れたような発見でした。

「集中する時間」の積み重ね、これから意識していきたいと思っています。

(本記事は、デボラ・ザック著『一点集中術━━限られた時間で次々とやりたいことを実現できる』の翻訳者インタビューです)