イギリスから独立したのは
奴隷制度を守るため?
ハンナ=ジョーンズがアメリカ史の批判的理解という点で第一にこの論考で強調しているのは、ジョージ・ワシントン、トマス・ジェファソン、ジェイムズ・マディソンといった建国の父祖たちは、奴隷所有者でもあったという事実である。

とくにハンナ=ジョーンズは、ジェファソンがフィラデルフィアで独立宣言を起草していたまさにその際、自分の義理の父親と奴隷の女性のあいだに生まれたロバート・ヘミングスを従者として帯同させ、身の回りの世話をさせていたエピソードに触れている。
ハンナ=ジョーンズの歴史理解にしたがえば、アメリカの植民地が英国からの独立を決めた主たる理由のひとつは、奴隷制廃止の機運が高まっていた英国から自分たちを切り離すことによって、奴隷制を守りたかったからということになる(編集部注/アメリカ独立戦争の直接のきっかけは1773年のボストン茶会事件とするのが一般的。イギリス本国による不当な課税への反発が反英運動のエネルギーとなったとされる。だが、その前年、イギリス本国で「奴隷制は違法」との判決が出ているのも事実である)。
論争の余地がある解釈だが、初期の12人の大統領のうち10人までが奴隷所有者であったのは、その意味で偶然ではないとハンナ=ジョーンズは主張する。
それゆえにアメリカは、民主主義(民衆の支配)にではなく、奴隷所有者による支配(slavocracy)に基礎をおいていたというのが、ハンナ=ジョーンズが強調する点だった。
そのような空疎なものでしかなかったアメリカの民主主義を、その後の歴史のなかで実質的なものにしてきた人びとこそ黒人たちである。ハンナ=ジョーンズの論考の力点はそこに集約されている。