陸軍のない国はない
というのが世界の常識

 うがった見方をすれば、陸上自衛隊は定員18万人という最終防衛ラインがあり、ここからはびた一文減らさないという組織としての至上命令があったのではないかという気がしてならない。

 自由闊達に議論して、「それでは陸の予算を減らして、航空自衛隊の予算を1.5倍にしましょう」というような議論を阻止することが至上命令だったのではないか。逆に言えば、陸上自衛隊が「定員を23万人に増やす」という主張をしてもよかったが、そのような積極性は全くなかった。

 要するに、最初から議論する気などなかったのでは、というのが私の率直な印象だった。

 陸上自衛隊の最大の問題点は、ありもしない「陸上防衛戦力無用論」を過度に恐れる点であると私は考える。

 そもそも、海軍、空軍のない国はあっても、陸軍のない国はないというのが世界の常識である。確かに、我が国の一部政治家やマスコミが執拗に陸上戦力不要論を唱えていることは事実だ。しかし、仮に陸上自衛隊が極端に弱い部隊となったら、どうなるか。日本侵略をもくろむ国は、そこを弱点とみなすであろう。

 大兵力を投入することなく、やすやすと我が国を席捲することが可能となる。戦争は、作用と反作用の産物であり、相手の弱点を突くのが常道である。陸上自衛隊が主張すべきはこの点である。

 それにもかかわらず、陸上自衛隊は「陸上防衛戦力無用論」という幻影と戦っているのだ。それがゆえに、「本当にソ連は日本に攻めてくるのか」と問われても、正面から答えようとせず、難問を回避する姿勢をとると私の目には映った。

 陸上自衛隊は無用論を過剰に恐れた結果、健全な防衛戦略と防衛力整備に関する議論ができなかった、というのが陸上自衛隊の俊英との協議に臨んだ当時の私の見立てである。

 繰り返すが、陸上自衛隊を弱体化させれば、日本の弱点を作ることになる。こうした事態を防ぐための必要最小限の陸上防衛力が現在の陸上自衛隊の体制である、という単純な事実をなぜ堂々と主張しないのか。

 陸上自衛隊無用論など自衛隊の中に存在しないのである。