ただ、一昨年の大量出没に関しては、道内でさまざまな不作が重なったこともある。

「秋のドングリの成りが悪かったこと。知床では、サケ、マスの遡上も悪く、ハイマツという夏場に重要な球果の成りも悪かった。全部が重なってしまったので、餌資源のよいところに陣取っているクマは食べていけますが、弱いクマや親子グマは人里へ下りてくるしかなかったということが考えられます」

ハイマツはマツ科の常緑低木。北海道全域の森林限界(高木が生育できなくなる限界線)付近で多く見られるハイマツはマツ科の常緑低木。北海道全域の森林限界(高木が生息できなくなる限界線)付近で多く見られる。書籍『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)より転載 拡大画像表示

ヒグマは1万1600頭ほど
ツキノワグマは10万頭以上生息

 日本に生息するクマは北海道のヒグマと、本州と四国の一部に生息するツキノワグマの2種類。ヒグマはツキノワグマよりも大型で、日本最大の陸上動物といわれている。ヒグマは雄の成獣で、体重が200kgから大きい個体で400~500kg。雌の成獣で、100kg程度、大きい個体で200kg程度。雄の行動範囲は200~500kmとかなり広大だ。

「現在ヒグマは、北海道全体で1万1600頭ほどが生息すると推定されています。ツキノワグマは10万頭以上といわれているので、数がひと桁違います。ツキノワグマと比べるとヒグマは体が大きな分、潜在的な力は強いです。ですから、いったん人身事故が起きてしまうと死亡するケースに至ることが多いですね。

 しかし、年間の事故数でいえばツキノワグマのほうが圧倒的に多いです。クマによる死亡事故は、マスコミによって大々的に報道されてしまうので、人々に恐怖心だけを植え付けてしまいます。それは、研究者の私にとっては好ましくないと思っています。クマは本来慎重で、人を避ける動物であり、積極的に人を襲うことはめったにありません」

「春グマ駆除」で絶滅危機
近年の増加は制度廃止の影響

 北海道が「蝦夷」と呼ばれていた明治の頃に遡れば、ヒグマは道内のどこにでもいた。開拓が進むことにより、山奥に追われることとなるが、結果的には畑や人に被害が出るようになる。

 1966(昭和41)年、増えすぎたクマを減らすため「春グマ駆除」制度が始まる。1970~1980年代は開発がより進むと同時に、冬眠明けの親子グマが次々と駆除され、その頭数は激減した。

 一部の地域では絶滅の恐れも出てきたので、1990(平成2)年に制度は廃止されることになり、その後、生息数は徐々に回復。北海道全体における森林の面積は1970年代から大きくは変わらないが、その後のヒグマの数はまた増加し、今日の「市街地出没」「アーバンベア」「人とクマの軋轢」などのワードがニュースで頻繁に取り上げられるようになった。