
なんでも、座右の銘は「過去は変えられないが、未来は変えられる」らしい。国内医療機器大手・テルモの経営を昨年から率いる12代社長・鮫島光氏が、求められるたびに語っている言葉だ。原典は、カナダのユダヤ系精神科医エリック・バーンが遺した「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」という自己責任と自己成長の重要性を説いた一節とされる。そして改めてテルモという100年企業を眺めた場合、今年は、例年以上にこの言葉の持つ重みが感じられる。
なぜなら、ちょうど10年前の15年9月、テルモは身分不相応なくらいに持ち上げられていた。大阪大学の澤芳樹教授(当時)と共同開発した虚血性心疾患治療製品「ハートシート」が、再生医療等製品に関する条件及び期限付き承認制度の第1号として承認されたタイミングだったからだ。
時の安倍晋三政権が注力した“ニッポンすごいですね”政策の一環として、審査は「相当に下駄を履かされた」(業界筋)。危惧する声は当初より囁かれていたが、歴史は「案の定!」という結果を導いた。臨床での有効性を示せず、本承認は周知の通り昨年7月に見送られ、テルモはハートシートの販売を終了した。
つまりは足掛け10年に及ぶ無駄遣いをした挙句、会社のブランドも傷付いた。1921年に赤線検温器株式会社として誕生して以降から数えても、五指のうちに入る黒歴史であろう。だが、鮫島社長の考え方に立脚すればこの事実は「変えられない」。痛みを直視したうえで、二度と誤りを起こさないよう学習することが肝要となる。
だから、というわけではなかろうが、鮫島社長はこの夏、会社の「未来を変えよう」と動いた。8月下旬、英国の新興医療機器メーカー・オルガノックスを約2200億円で買収すると発表した。オルガノックスは肝臓などの移植用臓器を常温で長時間保存し、輸送できるデバイス「メトラ」を欧米で展開する。
“アタオカ”の米トランプ政権が横槍を入れなければ、各国当局の承認を経たのち今年度中に傘下に収める方針で、テルモはオルガノックスを橋頭堡として臓器移植領域に進出する。そのうえで、腎臓移植向けの新製品の投入などを含めて向こう10年のうちに1000億円規模の事業へ拡大をめざす。
この皮算用の「確度」については判断材料が少ないことから言及は避ける。200万円近い経費がかかるメトラの費用対効果を臨床の現場が今後どう判断していくか、あるいは現時点ですでに24時間の冷却保存・輸送が可能な腎臓を対象とした場合、常温保存・輸送を売りとするオルガノックスの新製品がどのような優位性を発揮できるのかなど、市場関係者の一部からは懸念の声も上がっている。
だが、テルモにおいて多くの海外同業企業の買収に携わってきた目利きの鮫島社長をして「(こんな買収案件は)めったにない」と断言させるほどなので、相当の自信があるものと想像する。いずれにせよ怪しげな筋には頼らない、まさに自己責任に基づく自己成長への意思にほかならない。