売上11兆円超えのマンモス会社を変えた「とてつもない一文」とは?
「1つに絞るから、いちばん伝わる」
戦略コンサル、シリコンバレーの経営者、MBAホルダーetc、結果を出す人たちは何をやっているのか?
答えは、「伝える内容を1つに絞り込み、1メッセージで伝え、人を動かす」こと。
本連載は、プレゼン、会議、資料作成、面接、フィードバックなど、あらゆるビジネスシーンで一生役立つ「究極にシンプルな伝え方」の技術を解説するものだ。
世界最高峰のビジネススクール、INSEADでMBAを取得し、戦略コンサルのA.T.カーニーで活躍。現在は事業会社のCSO(最高戦略責任者)やCEO特別補佐を歴任しながら、大学教授という立場でも幅広く活躍する杉野幹人氏が語る。新刊『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』の著者でもある。

売上11兆円超えのマンモス会社を変えた「とてつもない一文」とは?Photo: Adobe Stock

売上11兆円超えのマンモス会社を変えた「とてつもない一文」とは?

 今年2025年7月1日に、NTTは社名を「日本電信電話株式会社」から「NTT株式会社」に変えた。正式に「電話」を社名から外した。

 固定回線といえばもはや電話ではなく光回線なので、現在の感覚では当たり前にも思える。

 しかし、ここまで光回線が広く普及するのには、光回線が当たり前じゃなかった2004年にNTTが中期経営計画で発したある1メッセージが大きく影響したことはあまり知られていない。「1メッセージの古典」として、この2004年のNTTの1メッセージを見ていこう。

いわゆる「光3000万」という中期経営計画の1メッセージ

 NTTは2004年11月に、中期経営計画を発表した。その中の一文がこれだ。

「2010年には、3000万のお客さまに光アクセスと次世代ネットワークサービスを提供」

 おそらく、通信業界に関わりのない人には、なにもぐっと来ない1メッセージだろう。

 この1メッセージは中期経営計画の中でのものなので、グループ社員や投資家や取引先などの通信業界に関わる人が「相手」に限定されているためそれも当然だ。しかし、それらの相手にとっては、この1メッセージは衝撃だった。

 当時はわたしもグループ会社の社員として衝撃を受けた。そして、この1メッセージは「光3000万」などと呼ばれて、しばらくは記憶に残ることになった。

光3000万は「電話」の会社だったNTTを変えた

 2004年とは、光回線の利用者数がやっと100万人を突破した年だ(2004年度の売上高は11兆955億円)。当時の固定電話回線の利用者数は約6000万人。NTTといえば「電話」の会社だった。そんな時代に「光3000万」と中期計画で打ち出したのである。

 当初はグループ会社の社員でも、本当にそんなに光回線のニーズがあるのかなどと疑問の声もあった。また、当時のメディアでの識者による論評でも同様に疑問点や懸念点が相次いで示されていた。

 しかし、結果として、この1メッセージはグループ社員をしっかりと動かし、ステークホルダーを巻き込み、目標としていた2010年での3000万契約は達成できなかったものの、いまや光回線の利用者数は日本全国で4000万を超えた。冒頭のとおり、もはや、NTTを「電話」の会社と思う人は少ないだろう。

「人を動かす1メッセージ」の技術の視点から考える

「光3000万」の1メッセージが、どう凄かったのか、この古典からなにを学び、なにを次に活かせるか。「人を動かす1メッセージ」の技術的な観点に照らすと、「数字」を具体で入れ込んだことが、この1メッセージが人を動かし、未来を変えた理由だと考えられる。

「2010年には、3000万のお客さまに光アクセスと次世代ネットワークサービスを提供」の「光3000万」という数字は、それを伝えた相手、特にグループ社員たちにとってどんな意味があるか。

 まずは数字の「指標」としての意味だ。指標は優先順位を端的に示してくれる。

 自分たちの会社はそれまで「電話」を指標にする会社だったが、「光」を指標にすることで光に舵を切らなくてはいけないことが突き付けられる。

 そして、続いて数字の「値」としての意味だ。値は自分たちとのギャップを端的に示してくれる。

 自分たちの光回線はまだ「100万」しかないのに「3000万」まで伸ばさなくてはいけない。いまは「2004年」なので「2010年」まで「6年」しかないことが突き付けられる。

 こうして、伝えた相手である社員には、光への優先順位といまのままではダメだというギャップが生々しく伝わる。

 この1メッセージには広告のコピーのような洒落た表現はなにもなく、素朴な1メッセージだ。だが、関係者に変化を求めるのに十分なほどに伝わりやすい1メッセージであり、関係者を変化に向けて動かすのに十分な1メッセージだったのだ。

 この2004年の「光3000万」という1メッセージがなかったら、ここまで早く光回線が普及していたかはわからないし、冒頭の社名変更を今年のタイミングでできていたかはわからなかっただろう。

大きな変化を起こしたければ、1メッセージに「数字」を使おう

 この「光3000万」からの一番の学びは、中期計画のようにステークホルダーを非連続的に別の方向、それも現状から大きなギャップのあるところまで動かす必要があるときは、1メッセージに「数字」を入れるとよいということだ。

 計画など未来のことで「数字」を言うのは、勇気やコミットメントが必要だ。しかし、そのような勇気やコミットメントを示した者の言葉だからこそ、まわりの人を動かし、大きな変化を起こしていけるのだ。

 1メッセージはそのときに相手に伝わるだけではなく、未来を変えることもできるのだ。

(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・加筆したものです)