アメリカで着付けを仕事にしようと思った理由

「Seikoは本当に素晴らしい奥さんだし、素晴らしいお母さんだし、この3年間本当によく頑張ってくれた。ただそろそろ本当のSeikoに戻っていいんだよ。もう一度自分のやりたいことを見つめ直してみたらどうか。ダンサーになりたいならもう1度ダンサーをすればいいし、他にやりたいことがあるのなら他の選択肢を見出してもいいんじゃないか」

 ダンサーを引退し3年。ダンサーに戻る道もあったかもしれないが、北川さんは「踊りのスキルが卓越した人たちが大勢いるアメリカで、別に私がここで踊らなくてもいいんじゃないか。それだったら私にしかできないこと、自分だからこそできることを考えよう」と自身の将来を考え始めた。

 そこで頭に浮かんだのが「着付けビジネス」だった。

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 北川さんはダンサーを辞めた後、着物への興味が高まり、日本と米国を行き来しながら両方で着付けレッスンを受けていた。着付けの技術を自然と覚えられて、なにより楽しかったという。そして自分だけでなく、他の人の着付けもしっかりできる自信があり、自分が講師に向いていると思っていた。

 着付けの仕事が頭に浮かんだのは他にも理由がある。

 夫の仕事の都合でパーティーに出席することが多い中、着物を着て行くと周りに喜んでもらえたのだ。着物を着て街を歩けば「あなたに会えてうれしい。今日1日すごく良いことがありそう」「どこの女優さん?」と声をかけられ、まるで有名人みたいな気分になった。

 周りの反応がとても新鮮で、この経験の素晴らしさ、楽しさを、他の方にもシェアしたいと思ったのだった。
 
 ダンサー時代、彼女は自分が磨いてきた踊りを他の人に披露したい思いで、自分のために踊っていた。しかし次のキャリアを築く上で、今度は人の役に立てる仕事、人に喜んでもらう仕事をやってみたかった。
 
 着物の着付けは、その思いにぴったりだった。 

 しかも、ボストンはハーバード大学を始め一流の大学がそろい、着物に対する認知度も高い。日本文化への興味・関心もあるエリアだ。

 アメリカ人でも着物を着たい人はいるだろう。また、日本からの研究者や学生も集まる。そういう人たちに着物を着てもらう機会を作ろうと考えた。
 
 北川さんは手持ちの着物の中から、人に貸せそうな成人女性向けの着物を5パターンほど用意して、ビジネスをスタートさせた。