円安152円台で物価高騰のリスク
構造改革と生産性向上は置き去り

「強い経済」を標榜し成長重視の高市新政権の財政拡張・金融緩和路線に対し、金融市場は即座に反応した。

 日経平均株価は週明け10月6、7日と最高値を更新、9日には初めて4万8000円台の終値で高値を更新し、為替市場では7日には、1ドル=152円台まで円安が進んだ。

 ガソリン減税や地方への交付金積み上げなどの政策だけで、株価や為替レートがこれほど大きく変動することはないだろう。

 このところは、公明党の連立離脱などで政局が不透明になり、変動はやや落ち着いているが、市場が大きく反応したのは、高市政権となれば、今後さらに大規模な財政支出拡大が行われるとの観測が強まったことによるのだろう。

 だが一方で、消費者物価指数(CPI、生鮮食品除く総合)の上昇率は、直近公表の8月も前年同月比2.7%増だ。電気・ガス料金に対する補助再開の影響で伸び率はやや鈍化したが、日銀の物価目標である2%を超える水準が3年5カ月続いており、物価高基調に変化はない。その上に円安が進行すれば、エネルギーや輸入品を中心に物価上昇圧力がさらに強まることが懸念される。

 一方で、日本の政府総債務残高のGDP比は、2024年時点で237%となっており、すでに世界でも突出した財政赤字を抱えている。こうした中で積極財政が展開される状況だ。

 懸念されるのは、高市氏が成長重視の考え方や積極財政と、生産性向上や構造改革といった中長期的課題との結びつきが感じられないことだ。

「デマンドプル型の物価上昇が望ましい」というが、そのためには、賃金が生産性の上昇によって上昇しなければならない。現在の日本のように、生産性が上昇しない中で、価格転嫁によって賃金を引き上げるだけでは、デマンドプル型の物価上昇は実現できない。

 生産性を引き上げ、日本経済を成長させるのは、デジタル化や人材育成といった分野での投資である。リスキリング支援、スタートアップ支援、女性や高齢者の労働参加拡大など、労働供給制約を補う政策が急務だ。

 しかし、高市総裁からは今のところ明確な具体的ビジョンは示されていない。

 野党の協力なしでは政策を進めにくいという少数与党体制の制約はあるにしても、行政権限の範囲内でできる政策は多い。例えば公共調達におけるスタートアップ優遇、デジタル人材育成の訓練プログラム強化など、多額の財政支出を使わずとも推進できる施策は数多く存在する。

 物価高対策にしても物価高対策にしても、ガソリン減税は、10月9日の本欄で指摘したように、日本全体としての実質可処分所得の増加という、本来の目的には直接寄与しない。

“日本版トラス・ショック”のリスク
無謀な政策を市場がチェックできない懸念

 イギリスでは、2022年に、リズ・トラス首相が財源の裏付けがない減税政策を打ち出した直後、国債金利が急騰し、ポンドが暴落。政権は短命で終わった。財政の信認が失われたために市場が強烈に反応し、無謀な政策にストップをかけたのだ。

 日本ではこれまでは、低金利政策と日銀の国債保有によって問題が表面化しなかったが、10年国債利回りは、最近では1.7%近辺まで上昇している。

 さらに、国内金融機関による国債保有割合の減少、海外投資家の比率上昇といった変化が進めば、国債市場のボラティリティーは一段と高まり得る。国債利払い費の急増などもあり金利上昇に対する財政の脆弱性が高まっている。

 こうした下で、財政と金融の同時拡張が行われれば、日本版トラス・ショックの可能性が現実味を帯びてくる。