
高市早苗氏が自民党初の女性総裁となり、首相として政権を担う公算だ。高市氏はアベノミクスの継承者として知られる。金融市場に身を置く筆者は、アベノミクスに親和的であり、高市政権に期待するところも大きい。しかし安倍政権当時とは、経済・市場環境、政策の必要性は変化している。当然、安倍相場(円安・株高)の再現にも制約がある。(楽天証券グローバルマクロ・アドバイザー TTR代表 田中泰輔)
サナエノミクスで安倍相場の
円安・株高は再現されるのか
高市早苗氏は保守派のスター政治家であり、アベノミクスの継承者として知られる。その高市氏が、10月4日(土)の自民党総裁選で勝利し、立党70年で初の女性総裁となった。順当には、首相となり、政権を担う公算だ。
高市政権誕生への期待は、市場に強力な1次インパクトをもたらした。財政積極化、日銀の利上げ抑制への思惑で、日経平均は4万8000円台へ2000円以上上昇、ドル円は147円台から150円台へ円安となり、長期金利も上昇した。
高市政権の政策で経済、市場はどうなるか、安倍相場の円安・株高は再現されるか、財政積極化で債券相場は耐えられるか、インフレを抑制できるかなど、経済と市場の問題に加え、日米同盟、国防、韓国および中国・北朝鮮との関係など、多くの質問が寄せられている。
本稿の執筆時点では、自民党内人事が固まった一方、内閣、連立の枠組みなど新たな布陣がまだ見えない。この段階で検討できるのは、高市氏の公約について、経済・市場の現状を踏まえた必要性、実現可能性、想定される相場の反応である。
高市氏が継承するアベノミクスとは何だったのか。それは、故・安倍晋三元首相が第2次政権(2012年12月~2020年8月) で掲げた(1)大胆な金融緩和、(2)機動的な財政政策、(3)構造改革(規制緩和)による成長推進、の「3本の矢」に総括される。
このうち、第1の矢は、日本銀行による異次元の金融緩和として具体化され、強烈な円安・株高インパクトを生んだ。ドル円は70円台後半から一時125円付近へ、日経平均株価は8000円台から一時2万4000円まで上昇。企業の業績改善と賃上げ、雇用増と家計の消費増という、デフレ脱却への好循環の端緒まで来た。
第2の矢である財政政策では、公共投資減少にいったん歯止めをかけ、法人税率を引き下げた。しかし民主党による前政権下で決まっていた消費税増税は、一時延期するまでで、2014年に3%引き上げられ、デフレ脱却への好循環を足踏みさせた。
第3の矢の構造改革は、労働規制、環境規制の見直し、自由貿易の推進に一定の効果が認められる。しかし、日本は長期にわたる経済の停滞下で、既得権益の守る抵抗勢力が津々浦々にまではびこり、改革はほぼ潰されたと言って過言でない。
その後、2020年のコロナ禍によって、ドル円、日経平均は急落し、景気は悪化、デフレへ再陥落かという事態に直面した。健康を害した安倍元首相はそのさなかに辞任した。
もっとも、コロナ禍に対応する金融財政政策、それを受けた株高、後のインフレと加速的な米利上げによる円安が、日本のデフレ脱却を促すというまさかの展開に転じた。
2025年現在、アベノミクス下の異次元緩和がもたらした弊害を指摘する声が多い。超低金利脱却がもたらす債務負担増、長期金利上昇による財政ファイナンスの支障、膨張した日銀バランスシートの不健全性などだ。しかし筆者は、アベノミクスのお膳立てなくして、今日のデフレ脱却へのよちよち歩きもなかったと考えている。
次ページでは、高市政権が誕生した暁に、アベノミクス的政策はどこまで必要か、そもそも実現可能か、安倍相場の再現はあるのかについて検証する。