ところが、金利が高騰したとき、政府の要請に基づいて日銀が市中国債を購入することになれば、この問題は表面化しない。しかしこれは、日銀が政府の積極財政に加担することを意味するのだ。つまり、政府の無謀な政策を市場がチェックすることができなくなってしまう。
このように、中央銀行の独立性は、経済の安全確保のために極めて重要な意味を持っている。
10月会合での利上げ予想はしぼむ
日銀の独立性と政策判断が問われる局面
このような経済や政治環境の下で、日銀の政策判断に注目が集まっている。
日銀は昨年3月、約17年ぶりに政策金利を引き上げ、金融正常化に踏み出し、今年1月には追加利上げをした。しかしその後は、「トランプ政権の関税政策の動向や景気への影響を見極める」として、直近の9月決定会合でも利上げを見送った。
現在も政策金利は0.5%と低水準にとどまっており、実質金利(名目金利-インフレ率)は依然としてマイナスだ。
実質金利がマイナスのままで放置されれば、過度なリスクテイク行動、とりわけ不動産・株式市場での投機を助長する懸念がある。日銀はインフレ目標2%の「持続的達成」を確認する必要があると繰り返してきたが、CPIと賃金の動向を踏まえれば、すでにその条件は満たされつつあるといえよう。
このところの円安進行でインフレが加速する懸念が強まる情勢変化を考慮すれば、利上げのタイミングはすでに到来しているといえるだろう。
当面の注目は、10月末の日銀金融政策決定会合で、利上げに関してどのような決定がされるか、また植田総裁がどのような考え方を示すかだ。
市場(翌日物金利スワップ市場)では、10月決定会合での利上げの織り込みが、自民党総裁選前は6割だったが、2割程度まで低下、一方で超長期ゾーンの金利は積極財政への思惑から大幅上昇した。
植田日銀が、新政権の意向や思惑に影響されることなく、合理的な政策判断を下せるかどうか。日本経済の置かれた状況をこれ以上悪化させないために金融の正常化を進められるか否か。その姿勢が、まずは10月決定会合での利上げの判断に象徴的に表れることになる。
金融政策が政治的要請と過度にリンクしてしまえば、中央銀行の独立性が損なわれ、市場の信認を失うリスクが高まる。日銀の使命は、金融緩和の長期化による副作用を制御し、健全な物価と金融市場の環境を維持することだ。
その判断は、今後の日本経済の行方に関して、重大な意味を持つことになるだろう。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)