胎児の細胞はすべての妊婦の血液中に少量存在し、妊娠高血圧腎症や流産といった妊娠合併症により量が増加する。出産後、細胞は身体中の組織で増殖して定着するが、個人差がある。アリゾナ州立大学の研究では、こうした多能性外部細胞が生物学的メッセンジャーの役割を果たし、親の負担を伴うものの、乳児のニーズに身体のリソースを振り向ける働きをしているのかもしれないとしている。
乳腺を含む乳房組織でも胎児細胞は発見されており、動物実験では母乳の生成を促進する役割が示唆されている。損傷部位に移動し、帝王切開の傷跡の組織では傷の治癒を助け、加齢による影響を遅らせる可能性すらあると考えられている。
マウスでは胎児細胞が神経細胞になり、母マウスの脳回路に組み込まれることが確認されている。人間を対象とした研究でも、男児を産んだ母親59人の脳を解剖したところ、約3分の2の母親の脳内で男性のDNAが検出され、マイクロキメリズムの証拠と見なされた。痕跡は脳の複数の領域で確認され、この研究はマイクロキメリズムが長期間持続することを示す最も強力な証拠の1つとなった。男性のDNAが検出された最年長の女性は94歳だった。
まだまだ残る
胎児細胞の謎
母体内に残る胎児細胞は何らかの影響を及ぼしている。胎児性マイクロキメリズムは、甲状腺疾患や全身性エリテマトーデスといった自己免疫疾患、出産経験者ほどリスクが高い疾患や多発性硬化症の症状悪化にも関係している可能性がある。
胎児細胞の「母体の皮膚への侵入が証明されている」こと、そして「原因不明の炎症性皮膚疾患」と関連しているというレポートを読んだ時、私は思った。母親になって以来ずっと悩まされている、難治性の汗疱状湿疹の原因かもしれないと。何人もの医師に診てもらっても解決しなかったあの症状は、まさに細胞の侵入によるものなのかもしれない。
胎児細胞は他の疾患でも見つかっている。C型肝炎の場合、腫瘍や病変した臓器内で高い割合で発見されている。これらの細胞が実際に何をしているのか、症状を促進しているのか損傷を修復しているのかは、「未解決の問題」だと、ユーニス・ケネディ・シュライバー国立小児保健・人間発達研究所所長で医学遺伝学者のダイアナ・ビアンキらの2021年の報告書は記している。







