チームが疲れているように見える……。みんな一生懸命に働いているし、能力が足りないわけでもない。わかりやすいパワハラがあるわけでもなければ、業務負荷が過剰になっているわけでもない。だけど、チームは疲弊するばかりで、思ったような成果を出せずにいる……。なぜだろう? そんな悩みを抱えているリーダーが数多くいらっしゃいます。
その原因は、心理的リソースの消耗かもしれません。心理的リソースとは、「面倒くさいけど、やるぞ!」と奮起する心のエネルギーのこと。メンバーの心理的リソースを無意識的に消耗させていると、徐々に活力が削がれ、場合によっては崩壊へと向かっていきます。そのような事態を招かないためには、チームの心理的リソースを活用していくマネジメント力を身につける必要があります。
櫻本真理さんの初著作『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』では、そのための知識とノウハウをふんだんに盛り込んでいます。本連載では、その内容を抜粋しながら紹介してまいります。

【危険!】放置するとチームが崩れ始める「小さなサイン」とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

あなたの目の前にある「消耗のサイン」に気づけているか?

「チームが、少し疲れている気がする」 

 チームに「笑顔」や「雑談」が減って、メンバーの表情が暗かったり、なんとなく職場の雰囲気が悪くなってきたりしたときに、そんなふうに感じることがあるのではないでしょうか。

 だとしたら、その直感をやり過ごしてはいけません。なぜなら、それはメンバーの「心理的リソース」がすり減ってきているサインかもしれないからです。

 心理的リソースが消耗すると、最初に表れるサインが「笑顔や雑談が減る」ことです。みなさんも経験があるのではないでしょうか。疲れているときには「笑う」ことが難しくなりますし、仕事とは関係のない「雑談」をする気力も失われてしまいます。

 あるいは、心理的リソースが減っているとき、人は仕事に直接関係のないことをする余裕がなくなります普段なら軽口を交わしていたメンバーが無言でデスクに向かっている。会議の雰囲気が妙に重たい。これは、「心の余白」「心の遊び」のようなものが失われているサインです。心理的リソースが枯渇してくると、こうした「余計なもの」から排除されていくのです。

 個々のメンバーに目を向けると、「作業に時間がかかるようになっている」「判断を先延ばしにする」「小さなミスが増える」「締め切りが守られなくなってくる」「ネガティブな発言が増える」といった変化も見られます。これは、心理的リソースが枯渇し、思考や判断に必要なエネルギーが足りなくなっている状態です。

 こうしたサインは、ともすると些細なものに見えるかもしれません。

 そして、「この忙しいときに、そんな細かいことに構っていられないよ」「そんなことよりも、目標達成のために頑張らなければ!」などとサインから目をそらし、日常業務に埋没してしまうのです。

 しかし、こうしたサインに気づいたら、ちょっと立ち止まっていただきたいのです。なぜならば、これらのサインを見逃すと、チームの状況は、もっと大変なことになってしまうかもしれないからです。

「なんとなく雰囲気が悪い」を放置するとどうなるか?

 このことをお伝えするために、あるリーダーのお話をさせてください。

 村田さんは、あるとき、疲弊し切った状態で私のもとに相談にいらっしゃいました。中堅メーカーの研究開発部門の課長で、20人の部下を抱えていました。

「チームのことで、ちょっと相談があって……」

 そう言って、村田さんは今のチームの状況を打ち明けてくれました。

 この半年の間に、メンタル不調で休むメンバーが相次ぎ、先月には立て続けに離職者まで出たといいます。
 これが、会社でも大きな問題になり、村田さんの責任も問われる事態に発展。抜けた人の仕事を埋めるためには、残ったメンバーや村田さん自身が残業を重ねるほかなく、皆が疲れ果て、もはや限界に近づいている――そうおっしゃるのです。

「いつ頃から、そういう状況が起こってきたのですか?」

 私がそうお聞きすると、村田さんはこのように答えました。

「私が異動してきた1年前は、みんな元気だったんです。チームも仲がよさそうで、時折みんなで集まって談笑したりしていました。

 でも、1ヶ月ほど経った頃から、なんとなく雰囲気が暗くなったんです。そう、最初に気づいたのは挨拶の変化でした。私の挨拶に対するみんなの返事が弱々しくなったような気がしたんです。そのときは『みんな、疲れてるのかな?』と受け流したんですが、思えば、あれが始まりでした。

 そのうち、だんだんとメンバーとのコミュニケーションが減って、メンバーに頼んだ仕事の締め切りが過ぎても連絡が来なくなっていきました。それに、目に見えて、メンバーのミスが増えていきました。それで、苛立った私は声を荒らげることが増え、ますます会話が減って、どんよりした雰囲気が広がっていきました。そして、気づいたら、今の悲惨な状態になっていたんです」

 私のもとにリーダーが相談にいらっしゃるのは、多くの場合、こんなふうに状況が悪化してからです。しかし、ここまでチームの状況が悪化してしまってからでは、回復までに多大な労力をかけることが必要となってしまいます。

心理的リソースの「消耗」が、“負の連鎖”を引き起こす

 だから、ほんの小さなサインでも、見過ごすべきではありません。

【危険!】放置するとチームが崩れ始める「小さなサイン」とは?

 見過ごしてしまえば「心理的リソースの消耗」は、次から次へと連鎖し、どんどんと大きく膨れ上がっていってしまうからです。

 実際、村田さんのチームでもそうでした。

 最初のきっかけは、「挨拶が弱々しい」といった、本当に些細なことでした。しかも、「挨拶が弱々しかった」のは、単にその人が忙しかっただけかもしれませんし、プライベートでうまくいかないことがあっただけかもしれません。

 けれど、誰かひとりの元気がなくなったり、不機嫌な様子が伝わったりすると、周囲は敏感にそれを感じ取ります。そして、「大丈夫だろうか?」と気を揉んだり、「ちぇ、なんだよ」とかすかに不満を感じたりするうちに、今度はその人に不機嫌が伝染し、その不愉快な感情を抱え込むことで、心理的リソースを消耗するようになります。

 心理的リソースが奪われると、人はコミュニケーションを避けるようになります。他者とコミュニケーションをとるためには、相手の感情を読み取ったり、相手に伝わる言い方を工夫したりするために、大量の心理的リソースを要するからです。

 そして、コミュニケーションが減ると、業務に支障が出るようになり、思うように成果が出なくなってきます。すると、みんながイライラを抱え込むようになるでしょう。リーダーは成果を出さないメンバーに対する不満を募らせ、それがメンバーに伝わって、より殺伐とした雰囲気が広がっていく……まさに「崩壊へのスパイラル」へと陥ってしまうのです。

 だからこそ、「なんとなく雰囲気が悪いな」と思ったそのときに手を打てるかどうかが、チームの命運を分けるのです。もしもっと早く対応できていれば、村田さんのチームはもっと簡単に立て直せたはずです。

 大げさに聞こえるかもしれません。けれど、これは誇張ではありません。たったひとりの「心理的リソースの消耗」を放置すると、それは遅かれ早かれほかのメンバーへと連鎖し、チーム全体をむしばんでいきます。だからこそ、消耗への対処は早ければ早いほどいいのです。

(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)

櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。