新刊『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』(ロジャー・ニーボン著/御立英史訳、ダイヤモンド社)は、あらゆる分野で「一流」へと至るプロセスを体系的に描き出した一冊です。どんな分野であれ、とある9つのプロセスをたどることで、誰だって一流になれる――医者やパイロット、外科医など30名を超える一流への取材・調査を重ねて、その普遍的な過程を明らかにしています。今回は大ヒット小説『ハリー・ポッター』の版画家に学ぶ「達人の感覚」について『EXPERT』の本文から抜粋してお届けします。(構成/ダイヤモンド社・森遥香)

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完璧な一枚を求めて

大ヒット小説『ハリー・ポッター』の挿画を担当した木版画家アンドリュー・デイビッドソンは、いまもなお、納得のいく一枚を求めて彫り続けている。その手は単に動いているのではない。木と鉄と紙とがつくるわずかな抵抗や音を読み取り、全身で印刷機の呼吸を感じ取っている。知識や理論では届かない、熟練の果てにある「できる」という感覚。その本質は、終わりのない探究そのものだ。

「これだ」と思える感触がわかるようになるまでに、彼は何十年もかけた。それは感覚に関わるもので、言葉で表せるものではない。彼はたんに手を動かしているだけではなく、全身で印刷機を読み取っている。素材の手触り、音、匂いを感じながら制作を進めているのだ。どれくらいの圧力をかけるべきか、彼には完全にわかっている。私も試させてもらったが、何がどうなれば成功なのか、見当もつかなかった。ただ重いレバーを引っ張っているだけで、めざすべき感触そのものがわからなかった。

感覚のすべてを使って判断するのが、達人たちのやり方だ。どんな分野でも、達人の技を分析すれば、似たような要素があることがわかる。ところが、説明を求めると、彼らは言葉で説明できず苦労することが多い。「これだ、と思うほうを選ぶだけだ。身体で覚えるしかないよ」などと言う。だが、そのように言う達人と同じ年月を費やさなければ、わかることはできない。しかも、それがわかるようになっても、完全に「これでいい」という結果に到達することはできない。

アンドリューがそのことをこう説明してくれた。「四〇年以上、木版から完璧な一枚を刷ろうとしているが、納得のいくものを刷れたことは一度もない。これからもできないだろう。それでもやめるつもりはないがね

(本記事は、ロジャー・ニーボン著『EXPERT 一流はいかにして一流になったのか?』の抜粋記事です。)